舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

嗚呼、厄介。

家に帰ってやけに暖かいと思ったらエアコンを切り忘れていた・・・ショック

 

えーと、まあまずは昨日までの続きといきましょうかね。

言いにくいことは今のうちに言っておけシリーズ

 

結局のところなぜ二項対立の構造があっちこっちにゴロゴロしているかといえば、みんながみんな「マジ」だからとも、いえるのよね。

マジすぎてちょっと違う所を受け入れられない。

たぶんね。

心底自分の土地の神楽が好きで、「マジ」な人もおりましょう。

自分の土地のものに誇りを持つってすごいステキだと思う。私にはあるのかな?ないのかな。

でも、ようしゃべられる人の話を(口を挟む隙がないもんで)黙ってきいておりますと、どうも違う人もおられるようですわね。

 

話している内容をよく聞いてみれば、

実はそれって中央の学者と島根の学のある先人達の功罪だと思ってしまうことがだいたい。

 

佐陀神能が採り物神楽のルーツであるとか

大元神楽が石見神楽のルーツであるとか

まだまだ検証の余地はあるけれど、佐陀神能や出雲神楽がめぐりめぐって遥々石見神楽の能舞のルーツになったというのも、私は鵜呑みにできないなあ。

石東はありえるけど、那賀郡とか邑智郡の奥の方とかは神職が自分らも佐太神社神職と同じものを都で見ていたと考えていいと思うんだ。

石見で社家として知られる牛尾さん一族のご先祖は出雲出身だというから、その人らが石見に持ってきたとは考えられる…まあ、それなら納得いくけどね。なんとなく出雲神楽は石見神楽の能舞のルーツ!といわれてもぼんやりしすぎてわからん。

 

大元神楽が石見神楽のルーツ!説は長くなるので日を改めましょう。

 

とにかくこのぼんやりしてるくせに根強いご信頼をいただいちゃってる通説の皆々様。

誰が言い出しっぺやねんって、おおよそ見当はついているけど、言いたくなっちゃうね。

 

まあ、きっと、言い出しっぺの人たちは本気でそう思っていたのだろうし、「定番」を愛し、かつ「マジ」すぎてみんな違ってみんないいが受け入れられなかったのだろう…と思うことにしておこう。

本人に聞けるわけでも無し。

 

ただ、厄介なのはここから。

 

この通説、もうね、皆さまの意識にセイタカアワダチソウもびっくりな太くて長い根を下ろして種を撒き散らしちゃっているわけよね。

よーくよーく調べてみるとたいして決定的な根拠もないにもかかわらず。

 

佐陀神能は、たまたまいつ誰が都から能楽を持ち帰ったのかという資料があったという理由でルーツ!ユネスコ!わーい!という、ああ驚きのサクセスストーリー。

最近になって、あれ?違くない?みたいになっているようですけれど、この通説は東京から発信されて全国レベルで流布しておりましたね。

ああ、文化財信仰についても書いておきたいな。

 

話がズレた

 

学者先生や、多少学のあって近所の皆さまからは「先生」と呼ばれるような人たちが、なんかこ難しげにドヤ顔で言ったらまあ、確かにみんな信じますわな。

私も先生や師匠が言ったことは信じるよ、うん。

でもさでもさ、心をいったんからっぽにして自分の目で見て、肌で感じて、耳で聞いて確かめてみないことには、他人に「ここの神楽ってね…」って言えんよね。

昔はなかなか移動するのも、そのコミュニティに入って神楽を見るんも簡単にはできないことだから確かめようにもなかったかもだけれど、今はもう少し気楽に行かれますからね。

でも、なんかもう「ここの神楽はこう!」という頭で見てるよね。で、見ても「やっぱり自分らが正義!」的なオチ。しかもそういう人の方がようしゃべるしゃべる。そしてみんな信じる。なんなのこのスパイラル。

 

冷たいことを言ってしまえば、私なんかは所詮よそ者なので、知ったこっちゃないというところもあるけれど。

 

ルーツなんて、よくわからんものにこだわらないで、「マジ」なら「マジ」で自分たちの神楽にとことん誇りを持ってほしいな、とよそ者は思うわけなのですよ。

佐陀神能が偉いんじゃあなくて、大元神楽が偉いんじゃあなくて、時代の波をえっちらおっちら時には守るべきものと変えるものとの取捨選択に迫られながらもここまで伝えてきたそれぞれの神楽全部が素晴らしくて、それそれみんなが偉いんだと思うんですけど、違うんですかね。

 

好みではないけれど、広島だってもとは神楽を残さなきゃ!ということでえっちらおっちらしていたのだから、残ってくれてありがとう、とは思いますよ。いろんな点において好みじゃないけど。

 

ヤバい。やたら長くなっちゃった。

何が言いたかったのかといえば、自分たちの神楽に誇りをもって舞う、一番いいものを神様に見せるのだという気持ちは、ボケッと見ているものにも伝わるし響くのですよ、というお話なのでした。