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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

今更、神楽と私。

ああーだらだらと書くのは楽しいなあ~

実は6、7年くらい前までパソっ子だったのだ。自分でHTMLいじくってHP作ったりブログ作ったりして。懐かしい~もう今できない~何も覚えてないいい

 

なあそんな在りし日を思い出しつつ、だらだらと。

今更ながら、自分にとっての神楽というのも書き留めておこう。

 

地元の神楽!わっしょい!みたいな感じのノリでここまで来たけれど、自分生まれ育った土地には神楽なんて根付いていやしなかった。

あるのは巫女神楽。巫女さんが何かの折にシャンシャン鈴を鳴らして舞うくらいじゃないかな。あまりというか全然、里神楽はポピュラーじゃない。どちらかと言えば神輿文化の方が根強い。

 

ただ、小学生の時から母に連れられて能と狂言は見ていた。

能の話はまたそのうち。

 

神楽にはじめてであったのは大学二年の秋。ゼミで奥三河の花祭へ連行。

そういえば春から夏にかけてはずっと春日大社の若宮おん祭りを調べてたな~あれは中央の雅な文化。花祭はもうほんと土クサーってかんじ。

文字通り山あいの狭い狭い土地。農業なんて満足にできない。山が隔てて太陽もあっという間に消えてあとは暗闇ばかり。骨の芯まで冷えていく霜月。そこで育まれた、強烈に太陽を待ち望み、邪を寄せ付けまいとする祈り。延々と繰り返す舞。

ぐらぐらと湯を竈で沸かせながらそのまわりで舞うのだけれど、舞の中で大切な道行?はほとんどヘンバイで構成されている。禹歩。つまりずーっと延々と結界を張りつづけてるんよね。

湯はすなわち大地の理を表す。人間に大切な火と水。そして、神が宿る依代でもある。竈は神様がおられる場所だから、周りは墨を塗ったくったよりも深い闇だから、ひたすら災禍をもたらすものたちを入れまいと願っている、そんな空気が垣間見えた気がした。

 

そのとき、ふと、ああ、神楽はその土地が抱えてきた祈りを表しているんだ、と思ったのだと思う。

たしかね。覚えていないけど。

 

それまでの資料研究の中で、花祭の地域はどのような風土なのか、どのような歴史を持っていたのかとかを調べていて、なぜ現代において人は神楽というものを大事にしているのだろうと思っていた。

娯楽なんていまや溢れかえってる。でも、神楽を舞う人がいる。喜んで見る地元の人たちがいる。

 

なんかね、これってすごい不思議で、涙が出そうなくらい感動することなのよね。

 

師匠の言葉を借りれば「神楽は地域のコミュニティを繋ぐお手伝いをしている」、不思議なんだけど、本当にそうなのよね。

神と人、土地と人、人と人とが神社や神の斎庭に集まる。笑顔が集まる。

そらもう神様だって嬉しいでしょ!いるかどうかとかそういう疑問は無粋の極み。

笑顔が集まれば、悪いものは寄って来ない。でも一番悪いのは人間、なんよね。クソヤローはいる。残念だ。

 

まあまあ、その時はまだ師匠にもであっておりませんのでなんなんだこの不思議な空間は!なんなんだ神楽は!という強烈な衝撃により、神楽というものにハマったことは確かですな。

 

ただ、そんな驚きの中でも目に付いたのは、いいアングルのことしか考えてないカメラじじい。コノヤロー

思い出すだけでむかっと来るぜ!

じじいども、つまり、地元の人たちではない、よそ者の悪い例を一番最初に見たおかげで、自分はこういうふうにはなるまいと、心に誓ったのでした。案外びっくりされることにびっくりするけど、今も自分一人で見るときはなるべく端っこの方に縮こまって見ていることが多いんじゃないかな。

本当は小さい子に並んで最前列かぶりつきで見たいけどね。たまにそういう機会があるといたたまれない半分、嬉しくて鼻血噴きそうになるわ。

 

花祭は湯立神楽に分類される。

で、大学三年になってじゃあ他も見ちゃろうということで、岩手の山伏神楽を選択。よくみる赤ら顔の獅子とは違うタイプの獅子神楽でもある。

あとは、やっぱり、震災後の東北へ、ボランティアはできなくても行きたいという気持ちもあった。岩手で行ったところは内陸部だったので宮城の気仙沼へ。

行って、悲しかったけど、良かった。

びっくりしたのが、行って聞いてみる先々で「この地域の芸能に興味を持って来てくれて嬉しい」って言われたこと。

ボランティアじゃなくても行ってよかったんだ!喜んでもらえるんだ!という驚き。

でも、気仙沼では行政地区が完全に崩壊してしまったために、人はバラバラ。道具もバラバラ。けんか七夕もたしか去年で継続を断念せざるを得なくなってしまった。浪板虎舞はどうしてるかな。代表さんは元気かな。

浪板虎舞の話も、忘れてしまう前に書いておきたい。

 

結局、気仙沼の辺りというより三陸海岸かな、あのあたりは虎舞の文化ということが収穫だったのですけれど、一方の岩手ではちょっと別の悲しいに遭遇。

北上市というところは、そこそこ神楽団体も多くてその地域独特の舞なのだけれど、観光協会も観光客も興味の範疇外って印象が強いな。完全に意識が鬼剣舞と鹿踊に意識を持って行かれている感じ。工芸品でも鬼剣舞と鹿踊はつくられても、神楽だけは関係グッズが一つもない。

お宮単位でプリチー権現様のお顔も違うから平均値を取れなかったのかもしれないけど、観光案内所の人も全然神楽について知らなかったのが大変残念でありましたね。

花巻市に行けば事情はまた違ったかもしれないので、リベンジしたいところではある。

でも、せっかくいい神楽なんだから、もっと誇りを持ってほしい。

楽しく舞ってほしい。

興味を持ってほしい。

何度見ても超絶プリチーな権現様を見ながら涙が出そうになった。

鹿踊も激カワなんだけどね。

鬼剣舞はあんまり見る機会なかったけど観客の人気を総攫いしていたのはよくわかった。

 

で、卒論のテーマ何するよ、となったときに、もうここまで来たら次は採り物神楽だろ、というノリ。実は。

出雲神楽にする?石見神楽にする?っていうタイミングで劇的な出会いをした石見神楽。

亀山が東京公演するで、ということなので見に行って、そのままわーわーという感じで今に至る。

 

今のうちに言っとけシリーズだけど

一番最初の「鈴神楽」を見て、あ、もうこれは石見神楽にしようて思ったんだと思う。衝撃的な出会いすぎて忘れた。

どんな本を読んでもエンターテイメント性がなんぼみたいな書かれ方をしてるけど、ここに原点があるって感じたような?どうだったかね。

 

ちなみに、師匠との出会いはそのしばらく後だけれど、かなりの間師匠の顔と名前と舞が一致していなかったという、ここだけの話。

一致した瞬間びっくりたまげた。

 

見せ方がうまいのは多いに結構。うまければね。自分たちがすごく楽しそうなのもいい。見ててこっちも楽しくなる。まだまだ絶賛成長中の団体だからこそ挑戦もしていいんだと私は思うわけです。

でも、これからも「神楽」であってほしい。

ま、当分は大丈夫だと思いますけどね!なにこの上から目線。

今のうち今のうち。

 

出雲神楽も好きよ。石見と萌え所が微妙に違うのできちんと自分の中で住み分けしてる。

やっぱり、出雲は出雲、

石見は石見。隠岐も早く見てみたい。

みんな違ってみんないいんだよ。生きてきた土地が違うんだもん。

土地、風土が違えば祈りも変わる。思いが変わる。中央の信仰や文化の伝わり方も変わる。

 

みんな花祭でも、みんな山伏神楽でも、みんな出雲神楽でも石見神楽でもつまらない。

でもどうせなら自分は石見神楽を見たい。

今のところの結論はここ。