読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

落ち込んでいる夜は

 神楽が恋しくなる。

 

アタリの演能や舞台の時もそうだけれど

あんまり気分が上向きじゃない時ほど、感覚が敏感になっているから

自分の境界線がぼやけて、全身が耳と目と心だけになったような錯覚に陥る。

 

いつも過剰なほど気になるのに、周りのお客さんも意識から外れてしまう。

 

好きな神楽を見ている時が一番その感覚になりやすいのかな。

 

耳と目と心しかないから、束の間だけ全ての自己嫌悪から解放される。

 

多分、

師匠とか、楽をしている人には間抜け面を晒しているのだろうけれど。

あーやだやだ。

 

さてさて、今日は何の話をしようかな。

 

六調子と八調子?

 

多分また長くなるから、ちょっとずついこうかな。

 

六調子だ、八調子だ、大元神楽だ、旧舞だ、新舞だ。

石見と広島の一部の神楽はなんだか呼び方というか、自分たちでいろいろ呼び分けをしているから、なんだかややこしい。

いまだに何度も師匠に旧舞と新舞のことについて教えてもらうけれど、なんかいまいち難しい。

 

六調子と八調子は、曖昧ながらも比較的分け目がわかっている。

うまく説明はできないけれど、明治の初期に浜田の国学者藤井宗雄と旧浜田市沿岸部と三隅の一部の神職が、それまでの神楽の口上を整理して、楽の調子も「海のもの」好みの粋な具合に改正した。それがいわゆる八調子神楽の誕生。

またここのあたりの妄想も書いておきたいな。

その改正を受けずに、まあ自分たちは自分たちでいこうやーという方針を取ったのが六調子神楽。あくまでも便宜的にそう呼んでいるだけで、六調子はあからさまに個性豊かな面々が揃ってる。

ちなみに大田はなんとなくまた別のややこしさがあるので、主に江津以西の話。

 

改正を受けないで残しててくれてありがとう!とは、実は私は思ってない。

 

早いうちから改正を受け入れたところというのは、沿岸部が多い。

逆に、改正を受けなかったところというのは、山間部がほとんど。

漁師と農家では嗜好が違う、そういう事なんじゃないかなあ。

 

全国的にやっぱりそうなのよね。そう思いません?

花祭が漁労文化にウケるとは思えないし、虎舞が農耕文化に根付くとも思えないし…

 

特に神楽については、神前で執り行うのに相応しい「最上のもの」の考え方が違ったのだと思うなあ。物の流通を考えても、手に入る材料とか、沿岸部も山間部も全く一緒とは限らないよね。

 

だから、なるべくしてなった、それだけの話なんだと思う。

 

長浜という土地についてももっと勉強して書きたいな。

八調子の技術革新最前線の地。

 

今は昔の話。

 

まずはここまで。

今の話もしないとだし見る人の問題も話さないとだし、こまったなあ。