舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

地元民とよそ者はやっぱり違いますからー!

ええ。ええ。これにつきます。

誰もがどこかでは地元民となり、誰もがどこかではよそ者となる。

 

 

だからこそ、神楽を含めた祭りが成立していたんじゃあないかなあ。

 

むしろ、今みたいに地元民以外もなんかデカイ顔してお祭りに参加してる方がなんか変な感じ。神楽だけじゃなくてお神輿とかもね。自分もそっちのお邪魔します側なのだけれども。

 

 

だって、お祭りは土地の神さまと、土地に生きる人が出会う場なんだもん。

神さま的には、なんかアナタ見覚えないけどまあせっかく来たならどうぞどうぞ、くらいの気持ちだよね。多分。

 

 

日本全国皆様がひとつ大きな屋根のした暮らしてる訳じゃないんだから、自分の家に知らない人いたらそりゃびっくりするわね。

しかも、ひとの家で自分の家みたいに寛いだらそりゃ嫌な顔されるわね。

私だってそんなよくわかんない人がいたら嫌だわ。警察に通報するわ。

 

 

だから、神さまにお邪魔しますよーってご挨拶しないといけないし、土地の人たちにもお邪魔しますよーって御花を打つんじゃないかなあ。

 

 

それでも今はよそ者に寛容ですよね。

ありがたやありがたや。

神楽を舞うひともあちこち出かけてるみたいだし。

 

 

でも、今みたいに地元民とよそ者があまり区別されないというか、まあどうぞどうぞって受け入れるのが普通だったなら、もっととっくの昔のうちに祭りや神楽は画一化していた気もしていて。

画一化っていうとちょっと語弊があるかな。

なーんかちょっと違うけど気がついたらみんなが誰かの真似っこ、みたいな?

どうしたって吸収してしまうだろうから。

 

 

気難し屋とか言われながら、こういうことを悶々しているので、私は舞台神楽の方が、実は見ていて気が楽。

好きだ嫌いだなんだかんだとか別として、気は楽。

オロオロしないで、ただおとなしく観客してればいいだけだから。

イマドキは舞台神楽も奉納神楽も見に行けるからすごい時代だわねー

いやはやいやはや。

 

 

 

この地元民とよそ者問題は、祭りに限らずいろんなとこにゴロゴロ転がってるんですね。

よく考えたら、自己と他者で成り立ってるんだもんなー仕方ないよねー。

なんかしらなんかいろいろあるよねー。

 

 

私は、島根が地元の人からしたら、いつまでたってもよそ者。

まあそりゃそうだ。

でも同世代の地元民と話してると、あなたより私の方があなたの家を知ってるわよ。と言いたくなるときはよくある。変態か。

 

 

島根に来たから、こういうこともこの歳で気付くことができたのかしら、と思う今日この頃。

 

 

ようやく仕事も一段落して、また悶々といろいろ考えるんだろうので、チマチマと更新していきたい所存にて候。