舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

めもめもめも

眠いけど寝たら忘れるので取り急ぎ感じたことをめもめもしときますよっと。

このね、誰のためにブログを始めたかといえば、完全に自分のためですからね。活用しないとね。

 

 

はじめまして、神降臨祭。

ラインナップは全然乗り気じゃなかったけど、かめのふですから。のふのふ。

しかも意識のはっきりしているときに五神が見られるなんて、そんな機会次はいつになるやら、と思って。

超絶スーパー満足満足。行ってよかった。

五神を妄想したい欲がとまらん。

 

 

うーんと、この一年フラフラしていて、自分的に結構楽しめるよっていうストライクゾーンは広いんだけど、どうしても嫌い!っていうのはやけにはっきりしてることが分かったのでした。

でも何が気に入らなくて嫌いなのかわからないという適当な感覚。

 

そうしたら、いま今日のことを反芻していたら、あー具体的に表現されすぎると気に食わないんだなーと気がついた。

なんか急に腑に落っこちてきた。

 

 

ビジュアルが具体的すぎたり、わかりやすーい演出だったり。

 

 

なんかね、切り取り線に沿ってきちっと切られたのはヤなのね。余白ありありにしてもらいたいのね。

 

妄想したいのよ。とにかく。

 

 

 

「黒塚」の狐って、口上を読む限り、狐がなんか化けられるから化けてみて悪さしちゃったよーじゃなくて、本人の意思とは関係なく生まれながらにして悪なんですよね。

九尾九尾言うけど、猫又みたいに年取って妖怪になっちゃったよパターンではなくて、たまたまベースの形が狐だったみたいな。そして、たまたま、やることなすことすべてが人間にとっての悪だった。

 

 

だから…うーん…難しいなー

 

 

狐の突然変異、というわけじゃないから、狐を忠実に再現、表現してくれなくていいんです。私個人の好みとしては。

 

もっと抽象的で、狐っぽいけどなんかよくわかんないやつ、くらいでいてほしい。

 

 

だから、日脚系統の狐?般若?鬼女?は何度見てもかわいくないなーと思うけど、それがいい。

それに、先人は何を思ってあの面の顔を作ったのだろうって、思考が派生していく。

亀山の面はなんで眉毛モジャオなんだろう、とか。

 

 

ザ・狐!だと、あー狐なんだ~。終わり。

 

 

あとCATSじゃないんだから、そこで狐らしさを追求しなくてもーと思ったりして。

 

でも、「頼政」の猿はしゃべらないし、そこは猿っぽくていい。めっちゃ勝手にワガママ言ってますけど。

猿の立てガッソはいいけど垂れガッソは苦手。まあ鵺という化け物の手下だから、本当は、猿というより猿の形をした化け物なんでしょうね。

昔はどんな感じにしてたのかなあ。着ぐるみできないもんなあ。気になるー

 

 

 

あ、そういえばなんで狸じゃダメだったんだろう。

狐の方がたち悪いのかな。

 

 

 

脱線したけど、なんか、とにかく写実的というか、具体的にはあんまりしてほしくない。

 

面の表情とか。

 

 

そりゃあ、具体的にしてくれれば、自分は視覚と聴覚からの情報で満足感が得られますからねえ。なんも考えなくていい。

 

 

でも、それじゃあヤだ。

 

 

大筋はとらえられて理解できても、いざ捕まえようとするとスウッと逃げてしまうような、繊細な曖昧さ。

勧善懲悪のストーリーなのに、悪へも思いを寄り添わせる余白を残した優しさ。

石見神楽には、それがあると思うから。

 

 

だから、鎮魂になる。

 

 

ああ、神楽は能と兄弟だからこそなしうるのかも。

 

 

優しい、やさしい、感性。

 

 

正解なんてどうせないんだから。

 

妄想させてよ、妄想!