舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

東京公演雑感そのいち

本当は、疲れたのと熊本の地震とで、書くのはどうしようかな、と思っていたのだけれど、なんだかうっかり検索してきてくださった方がおられたり、記録のためだったりで、おちらおちら書こうかと思います。

いまは、「それどころじゃない」時だけれど、どうか、郷土に生きてきた文化が、このまま死んでしまわずに人々の心に優しく寄り添っていて。
そう願いながら。
それが、文化だから。民俗芸能だから。
それが、神楽だから。



さて、石見神楽亀山社中 東京公演。

これが石見神楽のすべてかといわれたら、それは違うんです。あくまでも深遠な池のほんの一部を覗いているだけにすぎなくて。

でも、数多の神楽社中がいるなかで、亀山社中が若い社中だからこそ、神楽が神楽でありながら挑戦し続ける姿、神楽はこんなこともできるのか、という奥深さが感じられるのかもしれないし、東京公演だからできることも大いにあるのだろうなあとか偉そうに思っちゃったりして。

あ、いわゆる文化財指定の民俗芸能がお好みの方は、佐陀神能や大元神楽の県外公演の方がおすすめですのでどうぞ。
ただ、それすらも、神楽というものを語るには足りなくて、あくまでもほんの一面にすぎないことを忘れないでください。指定だからすごいわけではない。偉いわけではない。


まあ、話はずれたけど、副幣頭が言われるように、あくまでも県外公演は巡業で、やっぱりホンモノは浜田へ行かないと感じられないんですよねええ。
亀山だって営業用のお顔ですから。あくまで。
営業スマイル!

ということは

レッツゴー石見!

お魚は本当においしいよ!


えーと、それでどういったふうに書いていけばいいんだろう。


総まとめから書くのも変かあ
じゃあ、昼の部からちまちま書いていけばいいのかな。


もっとブログの編集機能活用したらいいんだけどめんどくさいからこのまま

はーい。昼の部。


「鈴神楽」
前回の公演で、これをみて、石見神楽に惚れた。
舞う姿に惚れた。そしたらのちの師匠だった。
いやん、ひとめぼれ。
ひらがなで書くとお米みたいな、ひとめぼれ。
でも師匠の舞と顔と声と中の人が一致するのに夏くらいまでかかったのは、ここだけの話。

何に惚れたかと言いましたら、舞の所作の美しさ。
石見神楽の八調子といえば派手さとかエンターテイメント性が言及されるし、どうしても目が行きがちだけれど、その根底にあるのは儀式舞でしょうから。
全然、舞法とか細かい所作については知らないし、ウマイとかヘタとか分からないし、これからもずっと分からないままなのだろうけれど、舞子が丁寧に所作をなぞっているのは、なんとなくそれとわかるし、体感できたときはなんだかすごい悦びを覚える。

能も神楽もやっぱり所作のひとつひとつが本当に美しい!鼻血出るわ!


今回の「鈴神楽」も、やっぱり美しかった。
言い方は悪いのだけれど多寡なく淡々と、所作をなぞって舞う。
そこには個人の感情とかなんかしちゃろうとか、見てる人を喜ばしちゃろうとか、そんなことはなんもなくて、ただ神へ舞を奉納する。
いってしまえば勝手に展開されている舞を、ただボケッと眺めているだけなのだけど、つい息を潜めて居住まいを正してしまう。神前で舞われる神楽だからというのもあるし、その舞が純粋に美しいからというのもある。
あー鼻血ブー


バカなことばっかりいって!って怒られちゃう。


東京公演の「鈴神楽」は、あえて舞台神楽で神棚を出して、祭典の時とかにしかみられないような舞を舞うことで、これから見せるものはあくまでも神楽であるのだ、ということを自他へ改めて示しているのかなと思ったりもしたのでした。
たとえ宮ではないのでパフォーマンスでしかないのだとしても。
伝統と革新、どちらか一方に片寄ってかたまってしまわないよう、うまいこと、バランスをとろうとしているというか。
見ている側の一方的な印象にすぎないんですけれど。



なんか一演目だけで長々書いちゃったからとりあえずここまで。
つぎは昼の部の能舞。



あ、そういえば石見神楽の儀式舞は巫女舞に近いのかな。

神職が舞っていたからそうでしょう、とかそういう意味で言いたいんじゃあなくて、だいたい地方は修験山伏とか従軍の宗教者が根付いて神職になったのだと思うのですけれど、どちらかといえば修験山伏が主流だった時代が短いのかなって。
真言宗も古くから根付いてそうだし、混じり合いつつもうまいこと神道と仏教が住み分けていたのかな?
でも関山とか見た感じでは神道の方が強め?

五神とか見ていても、またそのうち妄想したときに大いに話すけれど、修験山伏の思想は確かに色濃く受け継がれているのです。

でも、いわゆる修験の神楽の皆様とは所作が違う気がするんだよなあとか思うというか……やっぱり巫女さんの舞に似てるなあと思うというか。
だから、岩手なんかとは結構違う。印結ばないし。
求める祈りが多分やっぱり違ったんだろうなあ

またいろいろ調べたいな。
おとなってうだうだ調べ物する時間なくてやだな。
要領悪くてやだな。