舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

神楽は歌舞伎の夢を見るか

そろそろ検索の皆さまも落ち着いてきた頃かしら。もうちょっとかしら。
神楽について好きなことをぶつくさ言いたいけど、ビビって言うに言えなくて困っちゃったわ。

でもいっちゃう。

神楽は歌舞伎に近いのか、能楽に近いのか。

あれ?これ前も出した話題?
まあいいか。


と、いいましても、私は小学生以来能楽ばっかり見てきた人間なので、ニュートラルなことは言えんのですけれども。

歌舞伎は、中村勘九郎七之助尾上松也三人吉三と、猿之助と蔵之介が空飛ぶやつしか見たことない。歌舞伎を見る方はよりによってそれかい!と言われそうなチョイス。だって歌舞伎高いんだもん。
私の友人に、毎月歌舞伎へ行くためにバイトをしているような猛者がいた。歌舞伎ビンボー。
私は神楽ビンボー。…なんだ、似た者同士か。

能楽は、学生のうちは安く見られたんですねー
だから頻度高く見られたのでした。
ありがたみをもっと感じながら見たらよかったのに、何を見たのか覚えていないものがほとんどという悲しさ。
また余裕ができたら見に行きたいなあ。


話は戻りまして。

うーん…私は、石見神楽については、能に近いんじゃあないかなと思っています。
装束や長浜あたりの化粧舞は、歌舞伎とか芝居の影響があるのだろうけれど、根本的なところは能なんじゃないかなって。

ま、能舞っていうし。

名乗りかたと、距離を表すときの道行き、も能。
ぐるぐるまわって、ハイ目的地!っていうやつ。あれ能の編み出した手法で、いやー見事だなあと思いますね。誰がなんと言おうと目的地についたことにする。
あの、寺社参詣の曼陀羅とかで、雲が時と距離をふっ飛ばす機能と同じ感じで、無理矢理なんだけどみんなの了解のもとでなりたってる約束事があるんですが、それが神楽の出掛けの道行きでもあるんですねえ。
「急ぎ候ほどに…」っていうくだりは能でも言いますし、言葉も大和言葉なのだろうし、端々でやっぱりもともとは都で流行った猿楽能なんだろうなあと感じさせます。

だってさ、松江の佐太神社だけが京都の吉田神道のお膝元へ出かけて、裁許状もらうついでに、流行ってる猿楽能に感化されちゃって自分とこでもやってみちゃったって、それが佐太神社だけって、ちょっと変でしょう。
出雲国では佐太神社がはしりかもしれないけれど、諸国の神職も同じように都へのぼり、猿楽能を見たはず。熱狂を感じたはず。
もちろん、石見国も。
裁許状をもらいにいったお宮とかっていうのは、見当はつけつつ、まだまだ不勉強でわからんのですけれども。

佐太神社は、きちんとどこの誰がいつ都へのぼって持って帰ってきたのかを記しているというところが、一番の強み。筆まめだしちゃんと残ってるっていうのはすごいですよねー。
文化財指定は、だいたい文献資料が残っていると強いですからね。とくになまものの無形は。

あんまりこういうことぶつくさすると怒られちゃうかな。

まあとにかく、そういうテンプレートのところで共通は見られると。楽の構成とかも、お宮とかお堂の祭典で必要なものと能の囃子がくっついた感じ?
歌舞伎で使う効果音とかは、つけないし。


あとは、
「恵比須」は大人の出るやつはまんま能。
鍾馗」とかは、「邯鄲」だったかな?なんかそっち系統の能の形に多分組み直せると思う。ま、もともと謡曲だし。

つまり、ひょっとすると夢オチ?みたいな展開は能の得意技なんですね。なんだか現世と違う世界が混じりあって霧のように人の前にたち現れる見せ方をしてる。
歌舞伎は、どちらかといえば浮き世を表してるイメージなんですが、どうでしょう。

ただ、能楽との大きな違いは、石見神楽は神道に、能楽は仏教に軸足をおいているということでしょうか。
神徳によって悪を倒すか、仏法により成仏させるか。
石見神楽の世界ではあんまり仏法による救済は求めてない感がします。
歌舞伎はどうなのかな。出雲阿国は出雲大社の巫女説はありますけど、神道よりなんでしょうか、仏教よりなのでしょうか。
よく出てくるのは坊さんのイメージなのですが。


あとこれはまたそのうちだけれど。勧善懲悪といいつつ悪への眼差しも優しくて、能楽っぽいなと感じたりもするのです。
またそれについては後日。



歌舞伎の見せ方をお勉強されて、研究熱心さはすごいなあと思いますけれど、神楽の能舞も歌舞伎も、猿楽能の枝葉が分かれたものなのでしょうから、能楽も見ないとアンバランスなのかなって思ったりなんだったりするのです。

気持ちよくて眠くなっちゃうのだけれども。
でもα波で眠くなるからそれはいい囃子だって、囃子方の人がいってた!

ひたすら能楽と石見神楽と神能と出雲神楽が、謡曲とそれにリンクする演目をやりつづける公演とかあったら、絶対見に行く。鼻血出すぎて失神しちゃうかも。