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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

はいはい、無知が通りますよ。

かめのふ

いやーやっぱり今日はねむかったなああ。
会社の人に、土曜はあれから浜田にいったの?って聞かれたけど、たしかに浜田へもいきましたがその前にワンクッション神楽を挟んどりましたのよね、むしろそっちが目的だったのよね。

何でこんなとこまで行くんだろう、って、自分のことながらめっちゃ思うのですけれど、亀山のおかげで、自発的には行かないだろうなってところへも出かける口実ができているので、これからもアホちゃうか!とか思いながら出かけるのでしょう。
というのも、やっぱり自分で出かけて自分の目で見なければ土地のことはわからないから。
最終的に見るのは亀山かもしれないけど、神楽の息づく土地へ足を運び、どんな土地かを感じる。
神楽を知ることは、その土地を知ることだと思うのです。

やっべーねむい

寝ちゃったし、怖い夢見たし。続き。


ともあれ、競演大会ってまだ二回しか行ったことないけど、雰囲気がちょっと苦手なのかも。
私は亀山が優勝したときのことを知らなくて、でもなんででるのかは教えてもらっているから、食らいつこうと頑張っているのを応援したくって、それにかめのふと呼んでもらっているから、かめのふとして気持ちと時間の共有を少しでもできたらっていう気持ちで行くのだけれど、なーんかね、なんなんでしょうね。

いろんな団体の舞を見比べて違いを見られるからいい機会なのだけれど、新舞が続くと違いがわかんなくなる。
みんな同じ演目に見えてくるし、神楽団ごとの違いがよくわかんない。
姫がごっついのーとかあるとちょっと面白く見れられるけど。

違いがほとんどないくらい、それほどに画一化されてるなら、少しでも差異化をはかるために競い優劣つけようとするのもひとつのあり方なのかなとか思いますが、私はオトナがきらいなゆとりの世代に入るんで、あんまりそういうやり方は好みません。
ていうか、そもそも本来は比べようがないでしょ。
みんな違ってみんないいなんだってば。

舞う機会の創出なのかな。

競演大会の歴史はそこそこ長いとのことだから、求める人がいるのだろうけれど、いまいち誰のためにあるのかよくわからない。

審査員の選定もアンフェアだし。

あ、はっきりいっちゃった!
断言しますが、アンフェア。というか選び方おかしいやろ。

審査する人は、下手したら観客より神楽も神楽団体も知らんでしょ。説明とかプリントで回ってる可能性はあるけど。
知っているとしても、見方が偏ってる。フィルターがかかってる。
これは想像じゃなくて、実感。

そんなアンフェアななか、実力で、認めざるを得ないくらいの舞と楽で優勝を勝ち取ったときは、すごい嬉しいのだろうと思う。
競演大会のためにめっちゃ練習を重ねているところもあって、そこはやっぱりあーすごいなあとは思うし、評価されるに値すると思うけれど。
でも、でも、安全パイで終わったときは、あーやっぱりなって。そんなはしゃぐほど嬉しいのかな?って思っちゃう。ひがみ?わからないけど。
安全パイでもらえるような人たちのために応援に行っているわけではないから。

でもさ、審査員も大変というかかわいそうというか、微動だにせず所作をガン見して粗がないか探して、神楽そのものを楽しむ余裕がないのが見え見え。見えてますよー
それに慣れたら、そりゃあ所作とか見せ方でしか神楽の良し悪しを見られなくなるよなあ。なんかかわいそう。

なんだかなああ、っておもうのです。


好きな人は好きなんだろうけれど。
私は亀山が出なくなったら、見に行かないかな。

共演のほうがボケッと見ていられるから好き!


新舞だ旧舞だはまたそのうち。


あ、そういえば、「岩戸」は四神のバランスだよって教わったのだけれど、あんまり見る機会がないのと自分的にはウズメちゃんが印象的なのとでなかなかピンと来なかったのが、東京公演からの吉和で、ようやくわかった気がしたのでした。
それは今回の収穫ですな。うんうん。

誰か一人が秀でているのではなくて、四神がそれぞれ大切な役目を担っていて、アマテラスを岩戸から出ださんと、力を集約させてるんだなって。
四神の力と思いが、岩戸の一点に溜まりにたまってボルテージが上がりきったときに、タチカラオが岩戸を開く。パアッと、力の分散する感じ。あの、真っ暗だった夜にパッと光が差し込むような。誰か一人の力だけじゃこんな空気感は体感できないんじゃないかなと思ったりして。

またなんかうだうだ話しすぎちゃった。

なかなか簡潔に書ききらんなあ