舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

なんだかやりきれない日もあるよ

まあネガティブなんでしょっちゅうなんですけど。
6時に起きていま3時半過ぎ。山登ったしなんかいろいろあったしで、眠すぎ警報が発令されてるのですが、浜田で宿無き子だったので松江に帰ってきたのでした。ぶ、無事に帰ってこれてよかったでござる。

今日登った山は行ってみたら瑞穂だったのですけれど、石垣とか縄張りがしっかりのこっててわからないなりに大変楽しく登ってきたのでした。
やっぱり広島県境だから規模が大きい。うむうむ。
戦国時代とか全然興味がないので覚えられませんが、島根の歴史と地理を知るのは面白いですねー

帰りに寄った川本の道の駅のえごまコロッケがおいしかったであります。
次は石見ポークかな!うしし
食べるのもまた楽しみ。


そのまま浜田への道中、三江線沿線の下見と紙もの収集をするつもりが、車がへそをおおいにまげたので断念…足がそんなだからうろうろもできなくて、すんごく早くお宮にお邪魔したのでした。

うん…ご老体にトゲ付き鞭を打って馬車馬のように走らせた自覚はおおいにある……
帰りは燃費の実験もかねてずーっと時速60キロ以下で走ってみたら、いつもよりだいぶ燃費がよく、こまめに停まったわりに浜田松江間は三時間くらい。
いつもはもっとスピードを出して、休憩したら同じくらいの時間。

な、なんでしょうこのやりきれなさ。

なんかいろいろあって、いつもよりかめのふを楽しめなかったですが…
まあ連休の締めは亀山ということで!

でもあんまり日帰りはやらないようにしよう。



あ、そうそう
師匠とぎゃーすか邑智郡と違うーとか那賀郡がーとか大元神楽ってーとか、よく話をしていたのだけれど、自分のなかでどうそれを整理したら良いのかわからなくて、そのままなんか頭のなかに散らかった状態だったのでした。

昨日副幣頭のお話を聞いて、
石見一円に大元信仰とそれにともなう儀式や祭式、神楽が存在していた。邑智郡の大元神楽、那賀郡の大元神楽、美濃郡の大元神楽がそれぞれの神職によって執り行われていた。明治初期の所謂神職演舞禁止令と神憑り禁止令によってそれが変容せざるをえなかったけれど、邑智郡では残った。それがいまある「大元神楽」とよばれるもの。
というのが、ものすごーーーく腑に落ちた。

すげええええそういうことだよおおお。それなんだよおお、と心のなかで叫んでたのでした。

うんうん。それそれ。

まだ歴史的な資料の根拠が弱いので、オープンに話すのは少し難しいところもあるやもしれませんけれど、私は副幣頭のお話に全面的に賛成。
ここでそれそれー!とか騒いでもなんのこっちゃなので、また少し自分なりにも解釈はしてみようと思います。
にまにまするネタができてよかったわーん。

というかんじな昨日だったのでした。


地元の人としては、石見神楽や演目の説明についてそれこそ耳タコなのですが、観光客にとってはひとつひとつがはじめまして、なので、自分の見ているものがなんなのかということは、やはり少し時間をとってでもお話しされた方がいいのかな、と思います。
ただ、内容はやっぱりはじめましてな方でもわかるように優しく簡潔にする必要はあるやもしれませんが。

ああいう現地での観光客向け公演のいいところは、短時間なのと場所が場所なのとで、幕間とかで人が立たずにお話を聞けるところですね。
県外公演とかホールでは聞いてもらいたい人も席を立ってしまうので。

と、おじさまがたとの飲み会のあとから思っているのでした。