読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

今年は海で遊んでみたい

どーでもいいんですけどね。
日本海でー水着を装着してー遊びたいー
ただし、泳げない・大学一年のころの水着・マリンスポーツしたいわけではない、意味のわかんない感じですけれど。

松江周辺はちょっと怖いけどさ…多伎以西のキラキラした青の海に入って、青い海ってどんなもんなのかを見てみたいの。

湘南の海は緑なのです。砂も結構混じっていて。
クラゲに刺されたり砂利で傷だらけになったり…あと足がやけどしそうになる。
青いってどんなんなんだろ。なにが見えるんだろ。

ま、いつになるやらですけどね。
若さでもろもろカバーできるうちに叶うといいな。


浜田の花火もみてみたいな。近いんだっけ
あと長浜のはなまつりとか。
まだまだまだ。全然知らない。もっと知りたい。


いろいろ書かなきゃなって思って、いままでのメモを読み返すのですけど、結構ヘビーでなかなか書き出せない。
軽いの、と思って、師匠とうだうだ議論していたことの数々を読み返すと、まーそっちもヘビー。困ったなあ。手当たり次第書いてくと、私の隠しネタもなくなっちゃうし。

「神楽」と頼長論(妄想編)とか、詞章改正の流れについての妄想とか、いろんな演目の話とか、大元信仰と神職の話とか…ほかにもいろいろ…
むかしのはなしとか。それは聞き書き
前の携帯ひらけばもっといろいろ。

個人的には頼長論(妄想編)が渾身の一論なのですけれど、頼長への愛が溢れすぎちゃって、ひかれるかも。きゃっ
というか、バカなことばっかり書くんじゃあないって怒られちゃう。


議論しながらじゃないとひらめかないのよ。


師匠が師匠であるがゆえんですけれども。
神楽が本当に好きで、自分の生まれ育った土地と文化を愛していて、だから知りたくて感じたくて、誇りを持っていて。そして、自分や団体、地元の将来を考えていて。
その上での蘊蓄やアツい言葉なのですよね。
私なんかより、よほどわかっておられるかたがたくさん。
だから、こっちも真剣にお話を聞いて、議論をして、教わって。思いがけない結論がポコッと出てきたりして。

なんで私いま師匠にラブコールみたいなこと書いてんだろ。
怒られちゃうかなあ


そうそう。
それでね、わたしが浜田を好きになって、もっと石見神楽を好きになったのは、おおざっぱにいえば、師匠と出会ったからなのでした。
わからなかったら好きにはなれない。興味は持てても、深めるのはなかなか難しい。

あ、かめのふの命名は師匠じゃなくて、お兄さん(と勝手に呼んでいる)がしてくれたのです。
うれしかったなあ。
できればずっと、呼んでもらたいものです。
まだまだかめやまのこと知らない。日が浅い。だからきっと、これから知ってもっと好きになる。そうなるといいなと思っています。


最近大田の人と知り合うことが増えて、神楽が好きでーとまあいつも通りにいったら、まーいつも通り大田の神楽にも来てよ、と、いってくださる。
もちろん、いつかは行きたい。
折衷だったり独自の文化圏だったりを自分の目で感じたい。

でもね。

大田の神楽の説明が、「雄壮で、派手で、カッコいい」だけじゃあなんかよくわからないなあ。ほんとにそういう認識だけでいいの?って。お隣から先とイメージがかわらないんじゃあ、なんでわざわざ大田へ私はいったらいいのかな?って、ちょっと意地悪なことを聞きたくなっちゃう。

もっと、大田という土地と、神楽と、人とがリンクしたお話を聞きたいな。

文献にある知識は少しあるけれど…
どんな土地でどんな人たちが舞っていたのかな。
お祭りの様子はどうだったのかな。
いまはどう変わったのかな。
誇りを持ってることはなんなのかな…歴史か革新か面か衣装か…はたまたコミュニティか。
舞方の特徴はなんなのか…

お隣との違いだっていい。

おいでよ、といってくれる人の口から、ちょっとだけでもいいから聞きたいのです。
好きになりたいから、知りたい。


あー師匠は偉大だなあ。
それがオチ。

島根で父は何故か増殖しても、師匠は師匠ひとり。

きっとこういう気持ちがあるからなのかな、ってちょっと大田で思ったのでした。