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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

理由なんてなくて、好きだから。

それだけ。
好きに生きろと言われたから、好きにかめのふしますよ。師匠の弟子でいますよ。

でも、なんだか、私なんかがいたって迷惑だし邪魔だよねって、思う私が隣にいつも座っている。実はネガティブなようだ。


今日はどーでもいい、私という人間の話。
自分の整理のためなので、みなさまお気になさらず。これ以外の妄想垂れ流してる記事でも見てください。



重なりに重なって、いま人生で三度目の谷底。

といっても、二度目というのはクソ就活のときだったので、いま現在進行形でせっせと這い上がっているところですから、実際大したことではない。辛かったし二度とやりたくないけど、これから島根でどう生きるか考え続けていればいくらだってかえられること。


一番最悪の底辺、マントルは、一番最初のやつ。
ちょうど12年くらい前になるのかな。ということは、12年後またなにか来やがる可能性があるのかな。気を付けよう。


私の生きていた世界と私というアイデンティティを、私を作り出した大人たちから完全に否定され、踏みつけられ、放り出された。実はネガティブ、の発端はここ。オトナが嫌い、群れるの嫌い、でも独りにされたくない、の発端もここ。
相手がオトナの集団だったので、完全にたかが阿呆な小学生ごときは完全なまでに否定されたわけ。
そこには、親もいた。
今となっては、と笑い話になったつもりだろうけど、親に否定された記憶は、どうしたって、消えない。
だから、親が好きなのか嫌いなのか、わからない。
だから、私はいい親になれないし親になんかならないほうがいいと思う。

後にも先にも自傷したのはその時だけ。
中途半端に痛いだけだし、周りが余計に騒いで面倒なだけだとわかったので、馬鹿らしいことだと知った。
敵は身内にありで引きこもりにはならなかったけど、無表情になったのもその時だけ。笑えない。なにも思わない。感じたくない。いま思うと徹底してたなーとか他人事で思う。


そのくらい、最悪。


余談だが眉毛もここあたりで消えた。いまだに砂漠地帯なのでその影響はかりがたし。


だから、いままで苦しいときがあったら、そのときに比べたら、と思ってきたの。
でも、だからといって、自分のことを認められるようなこともなかった。

運動音痴だし、べつに頭が良いわけでもない。
特技ない。取り柄もない。顔もスタイルもビミョー
性格もそんなんなので気難しいといわれる。
あー言ってて悲しくなってきた。



でも、ひとつだけ、ほめてもらえることがあるんだって、大学生も後半になって、やっと知った。
私の、よくわかんないけど…ふっとした瞬間に出てくる感性とかいうやつ。
(あとから思えば、たった一人、それより前から私の感性を認めてくれる人がいたのだが。)


感性。よくわかんないけど、それだけはほめてもらえた。

これは、びっくりだったな。

ふっと、出てくるもんなので、なんなのかはよくわからない。

でも、じゃあその感性を信じてやろうと思って。


思って。思って。
いろいろ省略して

そうしたら、なんだか、石見神楽に出会って、師匠に出会った。

すっげー省略したわ。まあいいや。


師匠と感性があったのでしょう。
たっくさん神楽の話をきいて。
だから、私の神楽の知識のほとんどすべては師匠に習ったのです。

よく考えたら、かめのふより弟子入りの方が先だった。


だからね、
たとえばいまここで、師匠をつっぱねて、かめのふもやーめたと、いうのはきっと簡単。そうしたら、私は今度は自分の手で自分のことを否定することになる。信じてやろうと思った感性すら踏み潰して捨てることになる。
そうしたら、私にはなにが残るの?
え、もっとくずになるの?


かめやまが大変だから応援しよう、なんていう優しさじゃない。
私の心はかめやまがすきだっていってるから。師匠がだいすきだっていってるから。
だからかめのふ。師匠の弟子。
そして、私が私を少しでも認めてあげるために、かめのふ。師匠の弟子。

そうか。それだけだ。