舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

胃痛ううううう

マジなんなんこれ。食べても食べなくても痛いじゃん。けしからんわー。いてえええ腫れてるうう
雨が降った日はネットワークが不安定で出荷業務滞りまくりであります。というか、昨晩は本気で今日が金曜のつもりでわくわくしていたので、起きてから木曜だという現実に打ちのめされた。バカだね。
明日は焼き鳥ぱーちーたのしみだなー。肉食べるぞー
胃腸薬たくさん持ってこ。


そうそう、いままで気になってたことを神能のお姉さんに聞いたので、ちょっこしちょっこし。
神能に「大社」っていう演目がありまして。
しばらく出雲の大社と勘違いしてたけど、そういえば佐太も大社でした。だから「佐陀」と呼ぶこともあるみたい。

まあ、その神社の縁起とかを演目にするのは能とかのこと考えても自然なことなんですけれど、この演目は竜神信仰のほうで佐太大神のほうではないようなのですね。
…なんで?

大学4年の秋に見たときにたしか「大社」を見ていた気がするのだけれど…たしかに竜神様がが今年も来たよワーイみたいな内容だったような…?石見とのカルチャーショックがありすぎてなんか忘れちゃった。
東京で「伝統芸能」を観る、という雰囲気にとてもよく似ていた。

議論好きは父親譲りで、家でこ難しく議論するのはほぼ父相手だったのですけれど、ようやく神楽を石見で見てくれたことによって、このあたりのことについてやっと議論できるようになったのがこの前の島根旅行で嬉しかったのです。

多分、出雲だったらあそこまでカッコいいねえ~って興奮してくれなかったと思うし、東京で観るのと同じ印象を抱いたのではないだろうか。
どうしたって雰囲気が違いますから。
自分はどっちも好きだけど、神楽という空間を感じるなら石見に来てほしい、と思ったりします。

話それた。


んーと…
つまり、佐太神社では、佐太大神を題材にとって奉るより、竜神信仰を伝えることが、神社の由緒を語る上で大事だったってことなのかなって、思ったのです。

十二座の能舞の、全然見たことないから演目名で推察するだけだけど…ほかは「住吉」「日本武」「厳島」…みたいな、人格(神だけど)のある神を奉る演目が多い気がするんですよねー
佐太大神って、大神つくくらい立派な神様がおられるのに……なんでかなあ~

今度詳しいことを聞きに突撃してみる予定。


そうそう、石見神楽の「八衢」ではしっかり佐太大神なんよね。
猿田彦って伊勢出身とかって言われてなかったっけ。
でも、「八衢」では加賀で生まれた佐太の大神で、道案内をしてから、伊勢の五十鈴川の川上に鎮まったことになってる。

なんで?

なんかあると思うんですけど。


私には文献と、自分で見た感性しかない。
私の立っている足の下には、神楽や伝統文化に関する地層なんて全然ない。うっすーく、最近になってつもり始めたものしかない。
師匠みたいに古老の言葉を聞いたことがない。神楽を見たこともない。そして、自分は舞わない。当事者にはならない。神楽を奉ずる場になんかいるだけ。
師匠の足下には、脈々と受け継がれた身体の記憶と、精神の記憶が深く深くおり重なって地層になってるのだと思うのです。神楽マンはだいたいそうなのだとしても。やっぱり。やっぱり師匠なんだからーっ

だからね、神能の話を聞いたら、共有して、じゃあ石見神楽って?ということを議論したいのです。とどのつまりは。
本当に出雲から石見に能舞が伝播した、その一本のルートのみなのか?
そうしたらなんでここまで違うのか?
私には見たまんまの似てる・似てないしかわからない。

わからないのです。


あー結局「大社」もオチがわからないまんまだもんなー
あーあ。