舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

神武考

星とか読者の仕組みというかなんかよくわかんなくて、ブログ使いこなしてない感満載なんですけど。ま、いいか。


「神武」について。


石見神楽の演目を見ていると、何を基準にしているかわからないけど、「地域差や道具に違いはあったとしても変えてはいけない演目」と「団体の個性をふんだんに盛り付けてもまあオッケーな演目」がありますね。

あ、でも師匠にもーんもーんと送りつけてから思いましたが、神話に関わる神の威徳をあらわしたい演目がだいたい前者にあたってる気がしました。

前者は能と同じで神楽の「型」にはめこまれています。ようは、長浜人形みたいな?
後者はその「型」にはめこんだうえで装飾をつけているイメージです。長浜人形から雛人形になったよ、みたいな?
え、逆に分かりにくい?


「神武」は、浜田の神楽改正では残されなかった演目ですが、逆を返せば六調子の時代に舞われていた舞なのですよね。ということは「変えてはいけない演目」だったわけです。
師匠曰く、「塵輪同様オーソドックスな刀舞」で「いじることはナンセンス」。
うむ。よくわからんけどわしも激しくそう思う。

題材としては、いくらだっていじりようのあるものですよね。でも、判官贔屓といいますか…良心とか、ことの正当性とかからナガスネヒコにストーリーを付け加えた所で、それはお涙ちょうだいの演劇になってしまいます。「頼政」だって、その危うさがある。
演劇ではなくて、神楽なのです。


違和感を突き詰めれば
天孫降臨の「国譲」も「日本武尊」も「熊襲」も同じことが言えます。
勝てば官軍負ければ賊軍。

ただ、土地に伝わる信仰の問題か、なにか国学者神職に思うところがあったのでしょう。浜田では「神武」が残らなかった。
日本武尊」は熱田神社があるから大切だったけど、その点「神武」は難しいかも。

でもどちらにせよ浜田で残ったそれらの演目も、基本的に団体の個性をモリモリするタイプではないと思います。型に沿って舞う。
チャリも型というか…王道がある。

「八十神」の兄まあの鼻くそホジホジピンッも、王道だし、その行為には意味がある。
師匠に聞いたときは兄まあに萌えすぎて辛かった。
全力投球なおめかしなんやでー



後世のこうだろう、と辿って復活させたほうではなくて、昔からずうっと、舞い伝えていたところからかめやまはならい覚えたと聞きました。

ということは、エッセンスをモリモリではなくて、きっと、丁寧に丁寧に舞うことに意識を傾けないといけないのですね。


温故知新って、昔を知ったよ!だからそれに新しいのを上塗りだ!進化だ!って意味ではなくて、大切に、丁寧に、その意味を考えながら伝えるものと、センスよく思いきって挑戦していくものを見極めて、心の傾けかたを使い分けるというか…
なんでもかんでも、ではない。
バランス、ってことなんじゃあないかなと師匠を見ていて思うとです。

ししょー、私にはうまいこといえまへん。



ま、気にくわない人は無理してみないでいいと思うのです。

神楽って多分地域とか人とかで好みが違いすぎて、こんだけ多様性にあふれたまま、むしろ多様化し続けて、今に至るのですから。



さておき、かめやまの「神武」はなんか好きですねえ。細谷しかほかはみたことないけど…
細谷もかっこいいというか、やっぱり若手の舞で迫力がありましたが、ん?違うのかな?ってちょっと思ってたのです。その謎が師匠のおかげで解決したのでありました。

型があるから逆にいつ見てもあ…あれ?ってならない安心感があるのでしょうか。
でも隠しきれない若さ大爆発感が微笑ましい。
ドスーンブワアッッてかんじ。伝わりませんね。

見る度に大きくなって…およよ
たった三年の私でさえそうなのです。周りの皆さんの感慨たるやいかほどか。

声って、これからもっと低くなるのかなあ?