えっちらおっちら
なかなか書き終わらなくて困っちゃった
昨日は、54号走っていて、なんとなくなんだけどもうなんかとてつもなくイライラして勢いで赤名より手前…頓原くらいかな?で山に入ってみたら、飯南をひたすら走る羽目になってぐるーっと三瓶まわっちゃったけど、なんとか美郷、川本、温泉入って、桜江。風の国のルート見てみようとおもってそっちにいったら、思ったより遠かったのでそのまま金城にはいって美又を通りすぎ、金城ってマチじゃん!とか思ったら実は佐野でそのままなんか気がついたら浜田にいたのでした。
市街につくまでに5時間くらいかかったかなあ。
気晴らしになったようなただ疲れただけのような。
でも、やっぱり土地を自分の目で見られるので、積極的迷子は好きです。
去年の神楽祭が初めて運転した石見遠征でしたが…佐野って結構遠かったんだ。
今年は行く理由も行かない理由もなくて悩み中。
で、ジンジャーエールを買ってふらふら。
浜田港は釣り人が結構いて反射的に逃げてしまったので、結局長浜の学校の前みたいなとこに着地。
めっちゃお魚がいた!かにもたくさん!壁に引っ付いて針にくるまってるやつはウニ?あ、くらげも一匹(?)浮いてた。お魚は名前を知らないので何が何だかわからないけどあそこはまたいきたいであります。
お魚がわかる人と一緒だったらもっと楽しいんだろうなあ。
三宮は、久佐西の「羯鼓」「恵比須」「神武」
なんだなんだ最近「神武」をよく見るな。
久佐も、佐野へ抜ける道中に通りがかったのですが、結構浜田寄りよね。そうしたら影響受けるのも仕方がないことだったのでしょう。
西と東って…そういうことで分かれたのかなあ。
「神武」あるし。
うーん…やっぱりもともとあった舞が残ってるのかなあという感じ。うまく言えないけど。
もし、そうだとしたら… ひょっとしたら「羯鼓」のチャリは、六調子の舞が、誇張された結果なのかな?と思ったのでした。
お話を聞く限り「ひょうきんであること」が鉄板ぽかったし。舞もコミカル。
ずっとなんでチャリ?って思っていたけど、なんとなーくなんですが、あ、こっからかあ、と思いましたのです。
聞くひといなくて、わからんのですけれど。
以前、師匠に八調子の「羯鼓」は長浜が完成したこと。長浜には大衆演劇の心得のある人がいたこと。座踏みという所作がもともとあったこと、とかは教わっていて。
なんだろうなあ。なんで「羯鼓」だったのかはわからないけど、ひょうきんさは削ぎとったのでしょう。もっと洗練された美しいものにした。
でも実は、長浜のそれはすごく理にかなっていて…
「切目」という神を呼ぶためには、地固めをして舞殿から悪いものを追い出して清める必要がある。修験に深く関わる神だからこそ、余計に重要視すべきなのです。本当は。
で、八調子の神禰宜の足運びとかは、多分その座踏みというのから来ているんだと思うのですが、すごく踏みしめてる。
昨日のはなんかちょっと所作とか囃子とか違ったので、一概にはいえないようですけれども。
浜田辺りの「羯鼓」は、踏みしめつつ力が上に向かってるのにたいして、昨日みたのとか…山根もかなあ…山の方に行くと、踏みしめかたは軽めなのだけれど力が下に向かってるなって思って、見ていて面白かったです。
竹内某大先生だったか、身体の西欧化だといって、ほほーなるほどねえと思ったけど、まあたしかにこう見てみると力の方向が違うんだなってことがよくわかりました。
しかしそれを、良い悪いで片付けるのはちがう話。