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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

昨日の、つづき

石見神楽あたり

ぼーっと、地図を眺めてたら、気がついたのです。

阿須那の賀茂神社、近くに出羽川が流れてますね。あれ沿いに上がっていくと、口羽辺りから江の川に出る。

あー作木の鮎うどん食べたいんだよなあ。この前食べ損ねたんだよなあ。鮎丼も魅力的。じゅるるる
あとあのあたりに「港」って地名があるから、荷だし場があったのかな?ちょいちょい山道走ってると目にするけど。
確か美郷にもあった。迷子になると何故か通る場所。


で、矢上の諏訪神社。こっちは断魚渓経由で因原辺りに出るんだけど…さすがに危険な川下り過ぎます。
…が、石見街道が横を通ってますね。これは、古い道よね?
この街道が大朝まで抜けて…えーと大朝って芸北?
でもこの陸路はしんどそう。

あと、もう一本大朝で分岐してると思われる石見街道が、旭を通って浜田にいく。師匠が旭っていってたのはそういうことだったのかなあ。
あ、気がついたら佐野にいたって道かあ。
日貫から桜江へ抜ける道もありますけどあれはどうなのでしょうね。わかんない。


で、阿須那も矢上も、多分なんですが…どうも、うまいこと粕淵辺りのグッと大きく曲がった場所を避けて、しかもそれぞれ広島側と江津側に行かれるんですよね。


うーん、そういうことかあ。


ただそうすると、今度浮かび上がってくるのは、粕淵周辺は華麗なスルー説。我ながらひどい言い方だな。

たしか、三瓶山の噴火であんな地形になったのでしたっけ。
で、粕淵なんかは石見銀山街道が通ってますから…銀山のほうの文化圏に入っていたのかもですね。ていうかあのあたりって天領

車は大田から湯抱通って粕淵へ抜けたほうがあの辺りは断然早くて楽ですけど…もしかして昔からだったのかな?
でも猿めっちゃいたで。確実にあそこらに住んでる人間より多いで。


山あいの集落から集落へ、というのは、マジ山道!みたいなルートなのでしょうが…ある程度のヒト・モノが動くためには、川沿いの道とかを通る方がよいと思うのです。だから「川」。
だからといって、漁労文化ではなさげですよねえ。農耕文化。ふむ。
鮎やワニの漁は漁労とはいわないのかしら。食文化は川の民だけど、川と海ではやっぱり気質とかは似通わないということでしょうか。移動距離が長すぎるからか?


ヤバい。眠くなってきた。



浜田の原井組が関係するお宮も、たしか川沿い?

ふむむむむむ。