舞ひあそぶ

神楽のこととか、備忘録の掃き溜め。

牛頭スサしょうき。うしお。

お師匠から超久しぶりにお題もらって、ウホウホしながら昔集めた資料眺めていたら面白いのがあったので書いておこうかな。
テーマとは違うんですけどまあメモ程度に。



牛頭天王スサノオは、習合していますね。
祇園系は大体こっちの思想なのではないでしょうか。
かつ、スサノオなので、お祭りは激しい。

そして、スサノオ鍾馗も、習合していますね。石見では。

蘇民将来の話は『備後国風土記』が大体出典に挙げられますが、『ホキ内伝』にも書かれているそう。
風土記では、北海の武塔の神またの名を速須佐之男の神という。
ホキでは武塔天王の子武塔太子で、商貴帝。娑婆世界に下生して牛頭天王と称したと。
ショウキ出たでーうほほほ


ホキの成立期は室町初期までくらいかな?みたいな感じっぽいので、その時代くらいに、スサノオ=牛頭天王=鍾馗みたいな認識がなかったとも断言できないってことでしょうか。
あとホキの成立までの時代は、疫病の大流行が何回にもあったみたい。
そら切実だわ。


で、猿楽能の成立も室町初期ですね。
初期がどのくらいまでなのかわからんけど多分初期。
謡曲鍾馗」は作ったのが善竹さんだったら15世紀にできてるはず。というかつまりそれ以前に鍾馗への信仰が確固たるものになっていた。

ちょっとなんか繋がりませんかね。
だめ?無理矢理すぎ?


カミはその力ゆえに神にも鬼にもなる。
スサノオは祟れば牛頭天王、祀れば鍾馗になるって感じでしょうか。
史実の鍾馗は置いておいて、シンボルとしての鍾馗ね。そんでもって神仏分離する前ね。
スサノオそのものは「力」でしかないのかも。
追憶すべき人格ではないから謡曲で題材にとらなかった?

あー妄想広がるー



牛頭天王の子どもが八王子。八方位を司る神
そして、スサノオとアマテラスの誓約で生まれた五男三女神
で、習合してるんで、八王子権現
あー難しいいい

そしてそれを祀っているのは近江国音羽山、またの名を牛尾山。

うひょおおおおおおお

もともと主穂とかいてウシオと読んでいたみたい。
家長が初穂を供えた山だそう。


ってことはですよ、すんごく飛躍するかもですが「ウシオ」での祭儀をもつひとたちが、スサノオへの信仰もあったって考えてもいいのかもしれないってことよね!



なんかよくわかんないけどなんか面白いぞ!