舞ひあそぶ

神楽のこととか、備忘録の掃き溜め。

あはれなるもの

眠れなかったおかげで、ずっと読めなかった夢枕さんの陰陽師シリーズをまとめて読めたのでした。

中学くらいでハマって…世の中よりはペースが遅いけど、シリーズで買って読み続けているのはこれだけ。もともとホームズとワトスンがアホみたいに好きだったので、晴明と博雅がそんな感じで心地よいのです。

何事も一度好きになったら波はあってもずっと好き。


生成り姫』は、能の「鉄輪」、石見神楽の「貴船」とリンクする話なのですけれども、何回読んでも泣ける。多分読むたびに泣いてる。ただの文字の羅列なのに何故だか心を揺さぶられる。



はい、妄想入りますよー。


例えば晴明。
切れ長の目と薄い唇。年齢不詳で涼やかな顔をしているけれど、面の見せ方によっては物憂げな表情も見せる。
憂いているのは、男の浅ましさか、女の哀しさか。

本当は晴明としては、男のことなんてどうなったっていいんだと思う。
ざまあみやがれくらい思っているかも。

本当のところは社中のかたに聞いていないのでわかりませんが…藁で作った人形を前に祈祷しているとき女の声が聞こえて男が苦しむシーンがありますけど…あれってわざとなんじゃないかな、とか思っています。
伝説上の稀代の陰陽師である晴明なら、手際よく、さっさと調伏できるはず。

あえて、女の声を聞かせた。
あえて、女がまるで首を絞めているかのように苦しませた。

女を鬼にさせたのは、間違いなく男なのだから。
でも、なんでかな?
お前のしたことを忘れるなよ、お前の捨てた女を忘れてくれるなよ、という意味でなのかな。

ま、実際どんな意図であのようなことになっているのか、私には分かりませんけれども。


例えば、男。
当時としたら、移り気な心のまま妻をおいてどこかへいってしまうことも、あったのでしょう。
あんだけたくさん物悲しい恋の歌が残ってるくらいですからねえ。
まあいまでもあるのかもしれませんねえ。
そして別に「男」に限ったことでもないでしょう。
私にはよう分かりませんけれども。

あのあからさまな苦悶の顔は、自分は被害者なのだよ、という表情でもあり、心に刺さる悔恨の表情でもあるのかもしれません。

命を危ぶんですがる思いで晴明に頼っているのだから、正直笑いを取りに行く余裕なんてカスほどもなかろう。
晴明だってそれをわかっているのだから、一応真摯に対応するだろう。
と、思いますのですよ。


そして例えば、女。
あの顔は本当に無垢。悲しいくらい純粋に男のことを慕うていたと思わせる顔。
最初のうちは、もしかして、とり殺しちゃる、というよりこれで戻ってきてくれたらいいな、という気持ちだったんじゃないかなあ。そんなことさえ思わせる。

好きだったからこそ、いや、捨てられてもなお愛していたから、嫌いになれなかったから、次へいこう!なんてなれないから、悲しみ憎しみ恨み…そして愛情の行き場がなくて、ごうごうと女の心を焼きつくしてしまった。どうしようもなくって、鬼になってしまったのだと思うのです。
だから、人形の夫を打ちすえながらも慈しむ。
どっちも女の素直な心なのだと思うのです。

きっとどうしようもなく涙で顔も心もぐちゃぐちゃになりながら打ちすえている。


すき、だから、にくい。のではなくて
なんかもう動機とかそんなものは消失して渦巻くのは、ただただ、いとおしい。にくい。の感情の炎だけというか…んーどういったらいいのかわからないな。

でも、男は(人形だけど)戻ってきてくれた(力ずくだったけど)。
ああいとおしい人がやっぱり私のところへ帰ってきてくれた!と、もとの想いへ帰着したので消えていったのかな。


だいたい口上が何をいっているのかよくわからんアホなのでなんかよくわからんのですが、晴明による一方的な調伏ではなくて、女自らもう男への執着をやめて消えたような気がする。
ほら、なんか皆さん欲求不満が満足すると祟るのやめて大人しく消えたり人々を守ってあげたりするし。


晴明のとった手法は、無理矢理女を抑え込むのではなく、騙すかたちにはなるけど女の心を尊重しているのかなって。

都に仕える陰陽師からしたら、神のように奉ることも、災いなすものとして滅ぼすことも、する必要がないほど、小さないさかいなのかもしれません。
でも、鬼になってしまった女を、もとの女に、もとの世界へ、まるでただ悪夢をみていただけかのように戻すことも、できない。

どんなに泣いたって、恨んで身をよじらして、心を焼き焦がしつくしても、離れた心は戻らないんだよ。
消えてしまった愛情はかえってこないんだよ。
どんなに、どんなにまだ愛していても信じていても、その人が心を失ったら、どうにもできないんだよ。
さめざめと泣いたあとに、ひとりで、どうにか生きていかねばならないんだよ。

どんなに手をつくしても、女にも晴明にも、そして男でさえも、もとの心に戻すことはできない。

女にはその現実はあまりにも酷で。
純粋な想いはあまりにもその華奢な身体には重たすぎて、きっとまた潰れてしまう。
ならばせめて女の望んだはかない夢を見せてあげたい、というような。

んー……あ、だから貴船の神ももしかしたら力を貸したのかもしれないな。

ま、舞っておられるのは男性ですので、とっても頼りがいのあるお背中と、なかなか重厚感のあるお尻ですけれどもね。ぷぷぷ
そのギャップが詰めた息を抜けていい。



浅ましさが、いとおしい。


どんなに人を慕うたことがあれども
とめどないと思っていた涙は涸れ果てて、これほど人を愛することができたことは幸いなことなのだと。思い出を大切にしまいこんでしまえばいいのだと。わかったようなことを嘯きながら、でも立ち上がれずにただ途方に暮れる。

本当に浅ましきは、腐った想いに溺れ、焼き爛れた己の心か。



陰陽師は本当に好きなのですけれども、一人でいると言葉の森のなかでさまよって鬱々とするのでどうにもいけません。