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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

お腹がぐわらぐわら

石見神楽あたり

なーんかお腹が痛むであります。うぐぐ…たべすぎたか?久しぶりにいろいろ栄養補給しすぎて身体がビビっているようだ。
今日の会社の帰り道は暴風のため、木の棒が飛んでくるか宍道湖の水を被るかの究極の選択を迫られた結果、水を被って帰りました。まあ2回くらいだけどね。あー怖かった。でも元湘南の民としては雪が一番恐いです。

ていうか、台風が近寄って来るたびに私の関節が爆発しそうでやれませんことよ。

衣替えはちとたいぎいので先伸ばししていますが、とりあえず今度のかめのふに備えて、一年ぶりに各種防寒具と再会いたしまして。
今週末とかどのくらい寒いのかわかりませんので、安定の寝間着みたいな格好になると思われます。
久しぶりだし、気持ちよくって寝ちゃうかも。わはは
福井のお宮も爆睡しちゃったんですよね~。
さすがに多方面で面が割れてるし、今回は居眠りしても大口開けないように心がけなきゃ。
でもさ、だって、子守唄みたいに心地がよいんだもん。

母親も楽しみにしてるっぽいであります。
あ、母がいるってことは、通しで見るのは難しいかな?まだわからん。

ようやく、かめやまの公演じゃなくて奉納を見てもらえる。


「神迎」、「五穀種元」はまだ自分の目で見たことないから見てみたいなあ。
そのくらい?あ、かめやまは「熊襲」「鹿島」もか?んー…わからん。舞われることはあるんだろうけど…

でもやっぱり「五神」が見たいな~~

あれの役割的に、霜月の祭りの夜、締めとして舞うのはすごく大事ですし、実は、舞い納めのときにも舞ってもいいような、そんな演目だと思うのです。
最近そっちの調べものが止まってるから忘れてしまったですが…

五郎の王子…五龍王、あれは神を迎えるために必要な儀式が根底にあると思っています。

霜月は、農耕民族にとっての年の終わり。
舞い納めは、だいたい、暦の上での年の終わり。
新しい年や、歳徳神になるのかなあ?なんか大切な神様を迎えるために、この世の理をもって土地を鎮める。あ、そうだ、地鎮祭なんですね。究極的には。

いまの地鎮祭ってどんなんかよく知らんけど、役割はそういうことだと思う。

はあーちゃんともっともっと調べないとだなあ。


だから、だから。
石見神楽にとって大切な演目だから。
あんなに長いし意味不明というか難しいし、眠いし、確か胴の頭のところの打ち方も他と違うのでしたっけ?とりあえず難しい演目にも関わらず、しかも半夜とかイベントでは舞わないような演目なのに、大切に舞い継いでいるのではないでしょうか。

半夜ばっかりになっても、決して、途絶えさせてはいけない演目です。

あれほどに、美しい神楽なのですから。
日本が豊かな感性で育んできた世界観と、大陸がもたらした理性的なこの世の理を、あれほど美しく整え仕立てた神楽が、しかもこの島根で、石見で、浜田できらきらと輝いているのです。
邑智郡の五龍王はまだ見たことないから、わかんないけれども。

この前の…なんだったかいね
新聞社あたりが主催の神楽祭。
あのときほんのちょっぴりだけ思考のお手伝いをしましたが、あれにある演目説明がほかのどの演目説明よりも「五神」の姿を表しているんじゃないかと思うのです。


ふわわ~~神楽ってすごいなあ~~。


あ、行きがけにちろっと熱田のお宮も行きたいよなあとか思ったりして。ながはまさん見たい。
でもほんの少しの時間だから失礼になるよなあ。
むむむむむ…
マジでこの時期はダブルブッキングどころの騒ぎじゃないぜい。