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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

母来たるらし

まあもう賑やかでござる。
イビキかいちょったくせにあー怖くて寝れない、だって。なんたる矛盾。
一年くらい電球が切れて夜は真っ暗なのですが、全体的に静かなのとあいまって怖くてやれないらしいです。
そりゃ、私の代わりに電球を替えてくれる人と出会うことを願わんといけませんなあ。こたつ乗ってもビミョーに届かないとこに電気があるのです。はああ。替えられてたら真っ暗生活に順応する前に替えてるって。

かめやまに行くのが第一目的なのですけれども、津和野やら江の川あたりやらまで足を伸ばす予定にて。
あーかめやまたのしみいいいい


最近、師匠からまた聞いたこともあったりして、書き留めたいのですけれども、なかなか眠くて、やれません。しかも自分にお酒が入っているとますますやれません。

また詳細は後日といたしまして…

心に残っているのが、
待ってる人がいるから、待ってる舞をやらなきゃ。という話。
前にぼつぼつ話を書いた、人は定番で笑う。求めている、ドリフの話とも繋がるのかな。

このキャラクターが舞い手を超えて持っている独特の間合いだったり、所作だったりということでしょうか。
人が変われば舞は変わる、と同時に人が変わっても変わらないキャラクターの個性。
人が変わって舞が変わって、キャラクターまで変わったときに拒絶反応が出たりするのかもしれません。
ヴィジュアルなんかは、変わっちゃった!って感じやすいところですね。視覚のインパクトは大きい。

個性ある団体の、定番を変えちゃった!という部分ってやっぱり目立つし、それが外聞というか…外野の話題というか評価というか、そういったものになりやすい。

でも、なんていうのかな…
あ、あれかな?木彫り面が残っているような演目ということなのかな?またそれは師匠に聞いてみなきゃいけませんが。
古くて大切な演目に出てくる神々の、「定番」を見たときにやっぱり素直に心打たれたり、笑いがこぼれたりするのかな、と思ったりもします。


「貴船」なんかは、ぶっちゃけ神楽における演目の重要度は低いですよね。実はまだモヤモヤ程度の感覚でしかないですが、「黒塚」の存在意義のほうが深いんじゃないかな~とか思ったりもします。同じように鬼女が出る演目でもちとちがう。

そういえば、木彫り面は鬼女だけど、一貫して狐で出てくることについてみたいな話も聞いた気がするけど…もう少し聞いてみなきゃな。
なんで夜明かし舞でしか舞わない演目なのかも気になる。笑わせる、狐が暴れるっていったって、似たように笑かして暴れる演目も無いことはないですからね。


「定番」なあ。

眠くてなに書いてるかよくわかりませーん


また詳しい話は、そのうち。

たのしみだなー