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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

たまにはおしゃれしたい

けれど、そういうときに限ってジベタリアン神楽なのである。やらかしたねー。

昨日、惚れるほど足首が暖かくて値段もかわいいブーツさんを買って、それを履きたかったけど、こーでねーとがわからんでワンピース?で行ってみたら、美術館もBBもジベタリアンでした。

まあ、見えたところで紫の腹巻パンツなので、見ちゃった人が残念気持ちになるだけ。わははは

いやはや寒かったー。

 

なんか数日おきにお父さんと顔を合わせてる気がします。

あれ、わたし浜田に住んでるんだっけ?

明後日も会えるかな。

 

あ、ビービー大鍋フェスタは、監督お兄さんと、お姉さんに連れていってもらえました。うふっおいしかったー。

さっき気づいたけど、島根にはお父さんとお兄さんとお姉さんは結構随所におられるんですが、お母さんっておらんのよね。なんでかな。

 

まあいいや。

 

 

こども美術館で、かめのふ。スカートなんか履くからお腹壊して滑り込み。

「八幡」「道返し」「恵比須」「大蛇」。なんと4演目も見られましたー。うれしいなー

 

「八幡」の鬼ちゃん…というより悪魔王か。なんだか、浜田の、鬼ですっっ!感がめっちゃあって、むふふふってしてしまいました。

なんていったら良いのか…

改めて見ていると、鬼がザイを立てて片足で立って周りを睥睨しているのって、多分他の芸能では結構珍しい表現だと思うのですが、あれがバチッと決まるとなかなかカッコイイ。

若いからかな。すごい、かろやかな印象でした。ワタシ飛んでますよっって。

 

お兄さんたちのどしーんとした重厚な舞も好き。年相応。

年代によって一つの社中の同じ演目でも印象がかわるのはおもしろいです。

人が変われば舞が変わる。

 

やべーまた眠くなってきた

 

型は入れ物。すんごく洗練され、最高なものだけど、あくまでも入れ物。

人体でいえば、肉体なのでしょう。神が神ご自身に似せて創りたもうたものです。

肉体のどこかに不具合や、傷ついたものがあると、心身がしんどい。

型、肉体という入れ物に何を入れたら良いのか?それは、心、魂、思いなのではないでしょうか。

眠いから、思いついたらこれは続きかくかな

 

 

「道返し」は、タケミカヅチやられるうーとおもったけど基本あの鬼ちゃんは顔の恐さの割に律儀な鬼ですね。正攻法しかしません!って感じ。鬼ちゃん憎めない

 

「恵比須」は、こどものテンションやばい。ひたすらこれ。

 

「大蛇」、

だいたい嘆きうたと呼ばれる通り、イナタヒメと両親のシーンは涙涙、なかんじが多いですよね。

で、スサノオが、姫ちゃんぼくにちょーだいってなったとき、特に出雲は、おばばさまがずうっと名残惜しむというか…

命が助かるのと引き換えに娘をスサノオに捧げなければならなかった両親の悲哀

みたいなのが表現されていて、どっちかといえばスサノオは両親から姫を奪った略奪者的なニュアンスも感じられる。

どっちにしてももう会えないみたいな。


でも、石見神楽というか…わたしが浜田辺りでよく見るのは、姫ちゃんもらうかわりに両親のことも守る良いお婿さんスサノオみたいな印象。

おじじさまとおばばさまのくだらないやりとりも、じっと見守ってるしね。

個人的にはこっちがかわいくて好き


 で、今日の「大蛇」でツボだったのが、スペース上の都合なのか、おじじさまとおばばさまは裏へ帰られたのですが、おばばさまが「じゃ!またね!」みたいな感じでスタスタおじじさまより先に帰っていかれたこと。多分。遠目だから自信なくなってきたけど。

娘夫婦の家に遊びに来て帰るみたいな気軽さだった。

どんだけスサノオを信頼してるんだ!


結構…うん。ああいうのも大好き。

やっぱり義両親には好かれておいた方がいいですからね。


あーおもしろかった