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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

石見神楽とブランディングなんちゃらつづき

ちょっとだけね。

あの、私としては、ああいった場自体はあるべきだとは思うのです。今回は完全にミステイクだけど、もっとひろく、きちんと、やるべきだとは思うのです。

首長、行政、観光関係者、社中員含めた神楽関係者、そして、一般市民。
多少ツッコミどころがふんだんにまぎれつつも、きちんと聞くべき、向き合うべき課題は、提示されているのですから。

ただ、鵜呑みにしたらいけないんだけども。
嘘も真もグレーゾーンも紛れ込んでいますから、全部を真に受けたらそりゃちょっとおバカです。
なんとなくおかしいぞ、って思うことはきっと間違いではないはず。
多少の猜疑心も必要。

あの人も、もっときちんと現地調査も重ねられてからやるべきですね。石見で石見神楽のことについて「調査報告」するんなら。
あんなもんでは、いくら口がうまくても、内心笑われるだけです。



さて、まさしく首都圏出身で、観光で島根に訪れた、神楽とか伝統芸能好きの人間が、実感としてあること。

まず、向こうでは、島根と鳥取って左右どっちがどっちかな?みたいな人がやはり多いし、遷宮の時のプロモーションのおかげで島根が観光の候補地としての地位を確立したといっても過言ではないです。

私が最初に島根いったのは、遷宮の前だけど、前と後じゃやっぱり実感として、たった一年とか二年で全然違いました。
パンフレット関係とか、あっちで得られる情報数もね。

だって、ほんと感覚的に遠いんだもん。
飛行機で一時間半くらいというと、9割嘘でしょ?っていわれる。そんな近いの?って。
鉄道で6時間、車で12時間っていっても嘘でしょ?っていわれるけどね。でもこっちのほうが、やっぱりね!みたいな反応があるかな。


ていうか、出雲大社+石見神楽って選択肢が一番になる時点で、どんだけ首都圏では島根の横の長さがわかってないかがわかりますね。
静岡みたいなもんだよ、っていうとだいたい想像がつくらしいですが。

ま、私もわかってなかったですけどね。

サンライズ出雲に乗るとどこにつくのかな?出雲ってどこかな?からはじまった人。
二泊三日で出雲大社石見銀山松江城を巡ったけど結構なハードスケジュールだったとおもう。足が鉄道とバスなので余計にね。


話がずれた。


でも別に好きで首都圏から遠い訳じゃないんだし、そんなあなたが好きだから、卑屈とかコンプレックスを抱える必要は皆無なのです。
そんなあなたでよいのです。
いとおしいと思う人はちゃーんといるのです。


ただ、島根の人はもう少し、神楽そのものが、だいたいの都市部においてピンと来ない存在であることを、前提として知っておくべきかもしれない。

あの人が、首都圏は神輿文化で、神楽は江戸里神楽はあるけど、だいたい巫女神楽の「お神楽」イメージですって教えてあげなければ、そもそもなんでそういうデータになってるのか、我々聞いてるサイドはピンと来ないわね。

どこにいっても神楽そのものはあるけど、広く深く根付いてるかは別の問題なのであります。

あの岩手県内ですら神楽と聞いてもピンと来ない人がおられるんですから。


それでもね、それでもね、もし本当なら、
石見神楽が、高千穂の次位につけたのは、本当にすごいことなのですよ。

マイノリティな世界の王道にいるのですよ。

誇れる、宝なのですよ。




で、だからさ、いろんなひとが聞いて、いろんなことを、あーでもないこーでもない考えるべきなのです。

ほんとに、人を呼びたいなら。



昨日のあの場におられたほとんどは、言い方悪いけど、島根の、石見の広報のために「使われてる」人たちですよね。

師匠は、いつも、
自分らがいろいろやってみたり、外に出て公演したりするのは、社中の人気取りがしたいんじゃなくて、島根の、石見の、広報のためにやってるんだ。
って言っておられますが、本当にその心持ちなんだろうなあ、と思うのです。

島根や、石見の、石見神楽の看板を背負って、出掛けていかれるのです。

自分や社中の人気取りがしたいって下心があったならバレるし、時には背負ってる看板を汚すことになります。

わからんけど、私はそう思う。

そういう人たちの前で、明らかにそんな彼らを「使ってる」人たちが不在なのが見てとれる場で、いやー石見神楽の認知度関心度は低いですね!ってそれだけをいうのは、無神経です。
島根のため、石見のため、石見神楽のために、という心を踏みにじるようなもんです。

そんなで、皆さま有志のご協力で…なんて、ご協力得られるわけなかろうと、思うのです。


「使ってる」人たちが、一番きちんと聞いて、心に留められるべきです。

都合のいいときばっかり神楽を広報活動で使って、いまのやり方じゃ効果ないんだってことをね。



ブランディングというものそのものは、必要なことだと思います。

神楽イコール高千穂、神話イコール高千穂、
そんなんもブランドとも言えるでしょう。

なんか島根はキャラかぶりしちゃってるけど、次位だとしてもしっかり自分もそのブランドありますから!って主張は、しないよりしたほうがいいと思う。

今日職場で、東出雲的には悲しいけど「松江のかまぼこ」にしないと売れない、って、聞きましたが、それもまたブランド。


どうしても上っ面ばっかりで、得られる情報が限られるからこそ、いかにブランドにするか、が大切。
発信したいならね。



でもなあ。うーん、なんだろうこのもやもや。


あの人のいわれてることは別に間違ってるわけではないんだけど、なんか抵抗感というか、ミステイク感があるんだよなあ。


でも本当に「使ってる」人たちが、本気でやるつもりなら、仕事としては便乗するが吉なんだよなあ。


なんだかなあ。

どうなっていくんだろうなあ。


私は、神楽と人と寄り添っていたい。
もっと、寄り添いながらうまいことできないもんかなあ。