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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

舞を殺すな

ぶつくさ

胴とりは、一生懸命打ってはいけない。自分を見せることを考えてはいけない。

師匠が、いつもおっしゃること。

自己中心的な胴は舞を殺すとも。



たまに、音響なんかは、あーあと3つか5つくらい音下げてくれたほうが気持ちいいんだけどなー音割れてるしなーって、狭くて閉じた場所なんかでは思いますけど、今日の神楽は狭くなくても最悪。


胴ばっかりがぎゃあぎゃあうるさくって、見ているこっちも舞に集中できやしない。
というか、全く頭に残っていない。
うるさいうるさいうるさい、ってずーっと頭のなかそれでいっぱいで、途中から我慢できなくてかた耳塞いでしまった。
うるさすぎて「岩戸」でほとんど鈴の音が聞こえないとか意味がわからん。


胴とりが舞を生かさずに殺してどうする。
太鼓の音も殺す。
あれはもはや悲鳴だ。
ああいう胴太鼓は力いっぱい打てばいいものではないはず。

逆にうまく力を抜いてスナップで響かすものなのでは?わからんけど。

マッチョ自慢か?


それが伝統だとしても、私には合わないみたい。

もう今度こそあそこは見ないかな、と思ってしまった。
あれを良いと思う人が見に行けば良い。



はあ。


いろんなことがあって、どうにもイライラ着火点が低い状態で何してもムカムカするようなコンディションというのも、原因としてはあるでしょうが。
それにしたってマジでもーガンガン音ばっかり響いて舞がこれっぽっちも入ってこなかった。




あと、風の噂では、ここでつらつら書き付けていることを、利己的なたくらみで、利用しようとしている人がおられそうな気配あり。またよけいにイライラムカムカ。
知らんし、わからんのですけど。

ようは、パクリ。
でもパクリって、犯罪ですからねー。

というか、ここにあるものというのは、かめのふ、という20数年のある集積物が、その収集してきた本や実地での見聞と、感性と妄想でできた、アーカイブなわけで。

誰かの探求のヒントや問題提起になればとは思うけれども。

いまある見解も、しばらくしたら変わっているかもしれない。何故なら常に現在進行形で収集しつづけているから。



まあ、結論を申せば、機嫌が悪いです。