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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

春よはよう

石見神楽あたり

はよう、はよう。
めっちゃ、ソッコー壊れるフラグしか見えないけど、バケツ以外の雪かき道具をなんとかゲットしたのであります。わっしょーい

警報発令中ではありますが、本当にまた雪がもっさもっさするんでしょうか。


もっさもっさしたら、今年初のかめのふは断念せざるを得ないか、も。

この前みたいな雪が降っても、一応走れないことはないけど…いつものだいたい3~5倍の時間がかかったから…浜田まで9時間?
ぐぬぬ

それでも来いとは、きっと師匠(お父さんver. )はさすがに言わないと思うの。

でも、かめのふしたいよう。


どうなるのかなあ。



ぼやぼや思いを巡らせていて、ふと気がついたのですが、「頼政」好きなんですよねえ。子どもみたいで、言うの恥ずかしいけれど。
でも、この好きって、かめやまだけに適応されているので、かめやまの「頼政」が好き、が正確な表現。
いくつかほかの社中もみたけど、しっくり来なかった。

東京公演のとき初めて見て、その印象もあるのかな。
なかでも、あの、顔ぶれが一番好き。

ふふふふ


頼政は、「源三位頼政」と呼ばれるゆえんの従三位になったのは、じいちゃまになってからで、鵺退治のずっとあと。遅咲きというか…まあ源三位自体がそれまでの源氏の位からすれば異例のことなんだけど…
辞世の句が「埋もれ木の花咲く事もなかりしに…」であったり、なんか人生の端々に、権威への執着がみられる、貪欲なひとという感じ。まあ、器用貧乏でもあるのかもしれない。

多分、頼長の歌は、その生き方への皮肉もあるのだと思うのです。

頼長は、どストレートすぎて破滅したタイプ。
羨ましかったかもしれないし、憎たらしかったかもしれないし、両方かもしれない。


鵺退治も、いいとしになってからだけれど、私的には、その貪欲さというか、ギラギラした感じが、かめやまのお兄さんのとしでしっくり来る気がして。
…肉食系なかんじ?

鵺退治のとしは、じいちゃまだと、行きすぎなんだよなあ。いくら昔は寿命が短かったとはいえ、かなり長生きしてるし。
小町さん系。もはや人間辞めちゃってるかもみたいな。

能の「鵺」を、一度名手の舞でみてみたいものです。



とにかく、かめやまの「頼政」が、好き。という話。

ほかは、演目が好きであったりの事もあるんですけどね。

出雲の神楽なんかは、演目が好きだから、どこが舞ってもあんまりあーだこーだ思わない。オロチたんかわいいねーとか。



なんか風が強くなってきたで。