読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

昨日のはなし

かめのふ

昨日のかめやま良かったなーで、一日過ごしたのであります。ねむー。

かめのふは、モジモジをもう少し無くしたいんですけど、なんかね、やっぱり、思春期女子になってしまうのです。モジモジ。だって、なんかはずかしーじゃん。
師匠に、話すことないんでとか言っちゃって、ほんとはたくさんあーだこーだ話したいんだけど、あああーあー。
まあ、皆さんに今年もどうぞよしなにのご挨拶ができたからそれでいいか。

昨日は、かめやまの「岩戸」、まつばらの「神武」、たにじゅうごうの「天神」、商業の「大蛇」、みやのき「大和葛城」、えーっと…まつばら「石神」、たにじゅうごう「塵輪」、かめやま「頼政」だったかいな。

なんたって眠かったので、ちょいちょいふらついたり、うとうとしたりしていたけれども、一応一通り見てはいました。


師匠にどがぁだったかと聞かれて、モジモジかめのふは良かったでーすしか言えんだったのですが。
あとでちゃんといったのだけれど、何が良かったかといえば、全体のバランスの良さ。心地よい空気感。


四人の神の舞だけではなくて、楽、歌、すべてが斎庭を作り出す祈りなんだなーとかぼんやり思ったのです。

はじめましてのコヤネさん、最初誰だかわからなかったけど、誰が舞っても気持ちがよいって、ええのう。人が変われば、舞は変わるけど、それでもコヤネさんはコヤネさん。謎かけみたいだな。
その役そのものがもつ雰囲気とか、伝統とか、そういうもの。立ち居振舞いとか、所作とか。

面とったら若返っちゃった!とおもったけど、それは、神からひとりの氏子として舞う舞だからなのですね。ふむふむ。

そういえば、益田辺りがなんでも面をはずすのは、おなじような意味合いがあってのことなのでしょうか。


はじめましてじゃない皆さんは、そりゃそりゃ。
久しぶりにタチカラオさんが力んで真っ赤になられてた。
まだよくわからなかったときは、ウズメちゃんとタチカラオに目がいったけど、四人で舞うことが大事なんよ、バランスなんよ、と教わって、それを感じられるようになってから、おじじさまお二人の舞がまた、ええのーと思えるようになりました。シンクロなかんじとか。


べた褒めしていますけれども、昨日は、なんか、すごく自分にとって良かったのです。とにかく。「ちょうどよい」かんじ。


まつばらさんは、なんかものすごくお久しぶりな感じでありますが…いったいいつ何を見たのかいまいち思い出せません…ううーん。どっかで見てはいるんだろうけど…というくらい、お目にかかる機会が少なかったので、よいタイミングでありました。
三隅は、益田の神楽に近いんでしょうか?
益田が三隅に近いというべきなのか?
むむむ…難しい。

「石神」も、なんかあらすじとかで見聞きした覚えはあったのですが、オチの、次の日に岩になってた、の部分が全然記憶になくてなんでかなーとか思っていたのですが、岩になって守護するね!という意味合いだったのですね。文字で読むわりに普通の終わり方だったから印象に残らなかったのかも。
でも、なんていうか…石神の姫神が、国引きの神に助けて!っていったから、のちのち、ものすごくあとになって、ふたりでひとつの県になったのかなーとか思うとなんかこしょばゆい気がいたします。別々の国だけどひとつの県となったゆえんはここにあるのかなーとか妄想。

ただ、チラシでのルビが、ヤツカミズ オツミ ノ ミコト だったのが、ものすごく気になりましたのです。
ヤツカミズ オミツヌ ノ ミコト だったと思うんだけど…
会社の出雲人たちにさんざん教わったので。
ヌは、訛りで、ノと読むのはあるんだろうけど、オツミ?ちと、おしい。
それともそういう読みもあるんかなあ。


眠くなったので、今日はおしまい


ほか、結構うつらうつらしちゃってたけど、安定の良さだったです。ねむねむ。いつみても、だいたい同じように、ええ舞が見られるのがよいです。
同じことを同じように舞うのが、よいです。
そうやって思っていても変わっちゃうのは、ナマモノゆえ。

よりまさ良かったなあ、ねむねむ。