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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

ハライタ

いででで
ちょっとハライタひどいので少しおやすみ中。
痛くて眠れないけど痛くて動けない。

わたし、チキンであります。
アホなんで、怒鳴られるのは不快なりにまあ耐性がありますが、記憶のあるなかでは自分は怒鳴ったことがありません。モノにも当たらないかなあ。大きな音が出ると自分がビビるので。

それなのに、この三日ほど、夢の中でガーガー怒鳴っていて、なんかやたら疲れましたわー。騒ぐのってエネルギー使うねー。はあ
覚えてないけどなんか怒鳴り散らしてるんだよなあ。
寝言でわめいてたら、近所迷惑的な意味で、どうしようって起きた瞬間思うレベル。
しかも、湘南育ち、本気出すと言葉遣いが汚い。
あらヤダどうしちゃったかしら。
今朝はハラ痛すぎて目が覚めた。

あーほんとどうしちゃったかしら。いけんわー。



えーっと、まあそれはいいとして。


師匠の話を聞いたり、パラパラ調べ物したりしていて、いろいろ改めて気付いたことがあったりして、親分イイっすかって聞いたら、ならぬ、とのお答えでしたのでもう少し時期を見て、書くつもりなんだけれども。

やるからには徹底的に調べてからにしないとね。

無知のホラ吹きほど馬鹿なことはない。

やっぱり、明治期の動きは注視すべきだなってこと。江戸辺りの資料を探すのも大事だけど、明治期の祭りの記録を探すともっと石見における神楽の様相が見えてくるはずなんだよな。

あれだけでかい真宗がたくさん残ってることもそうだし、花祭地域並の廃仏毀釈の話は聞かないけど、あの辺りの時代の動きは、異様であったはず。

あー腹痛い。マジ痛い

えーとなんだっけな

あ、あと謡曲から来た演目をもっと深めないと。
成立時期を推測するには、祭りの次第を見ないとわからんし、それは今したいわけではないけど。
気になっているのは、間狂言が入る演目。
チャリは、間狂言だと思うんよね。緩衝材。

全国の神楽に見られる、ひょっとこおかめとか、ああいう系、夫婦和合系は、あれは田楽かなんか由来だと思うけど、石見神楽の演目で、ひとつの演目のなかで「話す」チャリについては、間狂言が影響を与えていると思っていて。その検証。

「八十神」は、…あれはよくわからん。難しい
だから、あれだけを徹底的に調べても面白いんじゃないかなって思っていたりします。

単純にオオクニヌシの賛美であるなら、兄まあ弟まあのながーいやり取りは要りませんからね。ベーシックな筋立てでいい。
神が出てきてワーってして、悪い方が出てきてワーってして、ワーワー、立ち合いでワー舞い上げーでいい。

面も、神職の時代、木彫り面の時からあの顔だし。

むむむむむ。

時間と脳みそが足りんなあ。


はらいたー。