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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

ねむむ

ヒマジンのお話し相手してたら眠くなってもーた。ねむねむ

髪を切りまして。大人っぽい感じの予定がなんかうっかりボーイッシュになりました。
ねこっ毛ぷわぷわやでー。寝癖警報やでー。
さっぱりさっぱり。


どっちがついでかといえば、髪を切るほうがついでなんだけれども、ゆうひぱーくで神楽をば。神楽あるよ、っていわれたのでホイホイ。

当然のことながら知らない方ばかりですが、おとうさんと、お父さんと(まぎらわしい)、ひさしぶりにお話しできてハッピーでありました。ひさしぶりといっても、ひと月ぶりですが。これから当分毎週のように会っちゃうぞーふひひ


まあそれはいいとして。
市職で「八幡」「天神」「恵比須」「大蛇」。
そういえばあんまり市職の神楽って見たことないのかも。「恵比須」のイメージしかないや。


それぞれの演目の話は、師匠にいろいろ聞きたいことがあるのでそれからにしまして、今日率直に面白いなーと思ったのが、この同好会の存在そのものがなかなか興味深いなというのと、やっぱり土地そのものが面白いなと、改めて思ったのであります。


同好会は、話を聞く限りお手伝いしてる方もおられるようですが、基本職員の方たちで構成されているわけなので、オトナ集団による団体ですね。
ここに憧れて、神楽マンになりました、という人たちが集まっているタイプの団体でもなさそう。
それぞれ所属社中がある、社中横断型。

で、えーっと、西と東だったかな?で道行?とかも違うし、社中ごとに個性もある、そんな言ってしまえばゴリゴリ個性の"寄せ集め"な団体なわけですが。
そこまでして団体をひとつ作っちゃう、しかも50年近く続けちゃうって、すごいなあと思うのです。
いろいろ、観光PR関係の兼ね合いというか、必要性もあってのことみたいな話もちょろっと聞いた覚えもいたしますが、それにしたって、別に浜田社中もあるわけだし…

というか、そういった地元の公務員による伝統芸能の同好会とか団体は、多分全国のどこかしらにはあると思うのですが、団体の構成員それぞれに母体とな所属社中があったり、普通の神楽社中と同等に共演大会系に出たり公演したりしているのは、そうそう無いと思います。
そこまでしちゃうの?という。


でもなんというか、それぞれが、それぞれの社中で受け継いでいる舞や楽があって、どれが正解とかそういうものではないので、うまーく皆が折り合いをつけながら、バランスよーくされている印象を受けたのでした。
ゴリゴリ個性の集まりだけど、それぞれがゴリゴリ個性を主張しないというか。
我を主張しないというか。
悪目立ちしないというか。
よくわからないんですけれども。

大変ではありそうだけれども。

興味深いです。



あと、なんかね、すごい今更なんですが、パパたちが進んでお子さまを連れていくエンターテイメントなんですね。それって、スゴいよね。今更ながら感動。

お母さんがあちこち連れていってあげるのはわかるんだけど、お父さんが、なのよね。

でも、なんとなくなのだけれど…
お母さんもそうかもですが、お父さんたちが連れて歩いて、一緒になって夢中で見ている子は、この土地、文化への視座というか、うーん…素直に、愛しているような気がするのです。
そう信じたいともいう。

帰る帰らない問題が深刻な人と向き合ってみると、地元コンプレックスの出どころって、親とか、身近なオトナであったりする。
これは、ほんとに。


なんというか、出ていくことは、その人の人生の大切な選択なので、良い悪いで判断することはできません。学業のこと、就職のこと、夢、いろいろあるだろうから。
でも、コンプレックスに感じて、出ていくのは悲しいから嫌だなあと思うのです。
自分の生まれ育った土地。ルーツとなる土地。
その土地が重ねてきた歴史のなかで、自分が生まれ育った時間なんて、1ミリにも及ばない。本当になにもない土地なんて、ない。人が生活を営んできた土地ならなおさらのこと。
自分を育んだ土地を、愛せずに出ていくのは、悲しいことです。

愛し方を伝えられるのは、一番近いところにいる周りのオトナだと思うのです。


ぬぬぬ…話がどこへいくのかわからなくなってしまった


神楽っぽいものをしているひとに、悪いひとはいるだろうけど、本当に神楽を愛しているひとに悪いひとはいないと思います。なーんて。