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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

しもやけアゲイン

せっかくさようならしたと思いきや、ここのところの寒さでまたしもやけです。かいかい
しかもこの前までと違う指にできた。どげしてー

この前までなってた薬指氏は、ふくらんだ名残でバキバキ皮が余ってる感。いやーん

つらいよー。


眠かったり、眠かったり、寒かったり、なんかいろいろ、なんだかなあなのですよ。とりあえず今度のかめのふを楽しみに…むぐぐ


また眠くなるかもだけど、この前の「八幡」見ての話。


なんとなーく、「塵輪」とか「弓八幡」とかあっちの意識が強いし、たしか重鎮の団体では「八幡」は舞わないとこもあるんだったかな?って聞いたこともあるし、あんまり、「八幡」って意識しないというか、若いひとがやるイメージがあったりするのですけれども。

この前のはオイシイ「八幡」でありました。ぐふふ

舞の道行き?はそれぞれ違うらしいけれど、重厚な舞を舞われる二人舞。いやーオイシイ。

前に師匠が、年相応の舞を舞うこと。だから人、面だけじゃなくて、舞い手の年でも舞は変わることをおっしゃっていたけれど、比較的ベタな演目、立ち合いの舞だからこそ、それが感じられる気がしたのでした。


若ければ、軽やかに、跳ねるように、鬼も神もくるくる舞う。特に鬼かなあ。飛んでる感じ。スピード感とか。

この前のお二人の年(知らんけど)で、その舞だと、なんか軽々しいというか、ちょっと違うかも。
それで、背が高いのもあるのかなあ
もっと、大きくて、悠然とした感じだったのでした。

スピード感よりも、鷲が羽を広げて降りてくるような、迫りくる感というか、ううーん。
まあ、そんな感じだったのですよ。


そうおもうと、30代って、いちばんむずかしいのかなあ?

間の世代。

若さと勢いでカバーできなくなってくるから、技量とセンスが表に出てきてしまうというか。わからんけど。でも、師とか、先輩とか、重鎮の教えを身に落とし込めるにはそのあたりの世代が限界なんじゃないかと思うのです。本当は、もっと若いうちなんだろうけども。
自分の舞がもう確立してしまう。
それより年が上がると、思うように体がーとか、もう自分が先輩の仲間入りーとかになるだろうし。もっといえば師匠たちが引退しちゃうし。


私も、今のうちにたっくさん蓄えておかなきゃね。
舞法以外の教え、言葉。
師匠や、古きを知っている人たち。



あ、そういえば、第六天って、仏教的な思想じゃなかったでしたっけ。
八幡も、八幡大菩薩ですね。
だから、天皇を表立たせたくないという意味ではそうなのだけれど、反面、習合的なニュアンスからすれば、国家神道の流れのうえではあんまり主流にしたくなかったのかもしれませんね。
だから、ながはまさんあたりではあんまり舞わないとか?

面は切り目面?


うーむ。ねむくなってきた


もちろん神も好きなのですが。
鬼がザイを杖にして片足でたつ所作が、決まれば決まるほどイケててかっこいいであります。


なんか眠くて打てないからおしまい