舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

鳴いたから

撃たれたね

いただいたコメントがちょっと意図が汲み取れず、まだお返事できてないのですが、いっこ整理がてらに。

わたしの在り方について、どうしてうだうだしてるかといえば、それは単なる自分で自分に定めた決めごとみたいなものをつらつらしてるだけなんですが。


あーねむいわー。、



むかしむかし、恩師が言いました。
ライフワークで調べていくのなら、拠点を持ちなさい。所属すれば見えるものはあるけれど、見えなくなるものもある。
よい距離感を忘れないように。

あるとき、師匠が言いました。(たしか)
あなたはニュートラルでいてください。


ファンといえば、そらファンなんだけれど。
それでも、かめのふ。師匠の弟子。


まあ、かめのふはあだ名だけど。
多分、本名より定着率高い。
今のところ固有名詞なんでしょうか。


わたしにとってかめやまは、
師がいる団体であり
長い長いライフワークの基地でもある。


それにかめやまが受け皿になっていたから、島根三年生になれているといっても過言ではない。
かめやま以外にも就活以来お世話になっている人たくさんだし、そう考えると、師匠以外あんまりよくわからないけど、唯一仕事とかしがらみから切り離された、家みたいな。おかえりーといってくれる場所。

いまさら取り繕いようがないともいう。



私が一番知ってる!なんて、塵ほども思う余地がない。むしろ全然知らない。
どんな約20年だったのか、私は全然知らない。

その前は、特段興味ないから余計に知らない。
昔があっての今といえばそうだけど、ほじくる必要性ない。

ご家族や、いろんなひとが、ずうっと見て応援してこられたんだと思う。そんな人たちもひっくるめて、今のかめやまが好き。

ああ、一番のファン!とも、思わないかな。
なんとなく。ファン、というとね。


一番のかめのふ。

かめのふの名付け親は、お兄さんだけど、
かめのふの師匠は、師匠。時々お父さん。

師匠の言葉をモグモグ咀嚼して、つらつら書き留める。
時々あちこちフラフラと出かけてみては、また師匠の言葉を反芻したり、新しい拾い物をして持って帰ったり。師匠とそれで侃々諤々したり。


拠点があるから安心してフラフラと出かけられる。新しい拾い物をするために、私はかめのふ的ベストな距離感を勝手に追求してるまでのこと。


とりあえずかめやまの皆さんには、ただのファン、というより、かめのふ、と思ってもらえるのが達成目標ではあるけど、結局のところ人がどう呼ぼうが、見ようが、それこそ興味はない。

わたしが、自分がライフワークするために、どう在るべきか。
師匠に話したりしながらつらつら考えているのです。
それだけの話。

自分でもよくわかんないけど。
でもなーんか、好きなアーティストとか、役者さんとかのファンとは違うよなあ。
もっと近いというのはある。

ううーむ。頭が回らんな