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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

何もしなくても腹は減る

ぐう。

昨日は仕事あったけど、今日は久しぶりに何もすることなくて昼から飲んでしまったので引きこもり。ダメ人間わーい。

この前の食博で買った胡麻油がうんまい。
明日にんにく臭いかも。

そういえば自動車税ってそろそろなんでしょうか。なんかまだ来た覚えないんだけど…大丈夫かなあ。そわそわ。払えるかな…結構高いよなあ。はううう


松江のどこの神社だったか、忘れてしまったけれども、遷宮かなにかの記念として能を奉納したという絵馬?を見たことがあって、何となく気にしていたのですが、この前たまたま本を見つけて読んでみたら、松平家松江藩主になって以降、時代の流れに漏れず能楽文化の記録があるらしい。
かつては城内にも能楽堂とかあったのかなあ。

仕舞系は家老?の家でも執り行ってたっぽい。


自分のなかで、佐陀神能の成立とか、その後の伝播についていろいろ考えていて。

神能についての言及はさらっと読んだ感じないんですが、その本を読む限りでは、松江に能楽が定着するより神能の成立のほうが早そう。
神能は慶長年間という記録が残っているから、故意に盛っていない限り事実。
一方、松平の初代藩主直政は、慶長生まれで松江に来たのはもっともっと後。ということは、神能のほうが早い。
昔の神社と藩の関係とかよくわからんけど。

ふむ。
ここは多分動かせないだろうなあ。

ただ気を付けてみるべきは伝播のほうですね。

松江に能楽があったということは、それよりも前に各地域でも能楽が一種ステータスとして各藩に持ち込まれていたということでもあり、石見、浜田藩・津和野藩にもなかったとはいえないということ。
「ない」という記録があればあれだけど、そもそもの記録がない気がする。
ただ、乏しい山城の印象からして、浜田あたりは毛利の流れ?なのかな??なんとなくイメージ的にあそこらへん好みそうだから、あったんじゃないかなーとか思うんですよねえ。戦国から江戸までの歴史とかと勉強せんといけんかしら…


とにかく、ということは、いわゆる採物神楽、かつて出雲流神楽と呼ばれたひとつの大きな特徴ある神楽は、一番古い記録が現段階で見られるのは佐陀神能かもしれないけど、圧倒的な力で他の地域の神楽に影響を与えた、と断言はできないんじゃないかな。
その伝わり方の道筋もよくわからないし、それぞれの地域ですでに能楽という存在が、身体とか所作とかがあった
ポテンシャル?というか。

で、特に石見は、隣っちゃあ隣だし、それこそ影響受けてないはずがないんですけれど、あんまり想像つかない。
ほかに、出雲-石見で関係性を見られるものとかあればいいんですけど、それも思い当たらなくて。
なにかあるかしら。
ふむむ


眠いのでこのくらいで。

難しいなあ。