舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

王子や王子、五郎の王子

このフレーズを聞いてしまうと、当分頭のなかで流れ続けるワナ。大王さんが何回も出てきてしまうで。

ああ眠い。でも書いてしまいましょう。

今日はゆっぱでかめのふ。のふのふ。
ミッションあるので、という口実で良い席確保していただいて、かぶりつき。でもミッション自体が不発だったので、ただひたすらかぶりつき。役得役得。

塵輪」「恵比須」「大蛇」「五神」
あれですね。古典攻めですね。むふふふおいしい。
今日は、なんだかとっても自分的に良くて、テンション高めであります。
3時間、鼻から上に力込めすぎて疲れちゃった。東京公演の時みたい。
ボーッとして帰りは気がついたら大田の峠を越えていました。


おめでたいこともあったから、皆さんほぼお揃いだったのでしょうか。だから大人数舞の連チャン?よくわかんないけど、結果的に私も嬉しい。


とりあえずとにかく「五神」が見られて良かった、というお話。
眠くないときに、これだけのボリュームで見られるって最高。居眠りこいてる場合じゃないって。

副弊頭が演目紹介されるときに、この舞は大切という話をされていて、師匠もいつもいっておられるけど、夜明かし舞がどんどん減っていると、肌身で感じておられるからこそ、そして石見神楽の精神性を表す重要かつ美しい演目だからこそ、舞い継いでいかなければ、という思いが感じられたのでした。

舞い継ぐためには、舞わないといけない。
一度の舞のために、何回練習されているか知らないけれど、舞う機会があれば、すなわちその演目が引出しから引っ張り出してもらえるということだから。
観客好みでないとしても、あえて舞う機会を設けなければ、そういう演目は舞えない。

どう考えても延長戦だけど、万人受け人寄せ系ではないかもしれないけど、舞ってええよってことになったゆっぱは、単純ですがスゴいと思います。ありがとうありがとうー


とくにゆっぱは、ガラス窓に吹き抜けと謎の柱というあの建築構造上、やたらな演出はしにくそうな場所でありますが、今日は逆になんにもなくて本当に良かったと思ったのでした。

「五神」はあのままで美しい神楽だし、あの人たちの持っておられるものだけで、人を魅せて圧倒させるんだって、演出で誤魔化してるような上っ面じゃないんだって。
もうマジで、最後の舞い上げが美しかった。鳥肌立った。

能舞であると同時に、儀式舞でもある。

時たまあれの思想とか調べては難しすぎて挫折するのですが、それほど難しいものでありながら、詞章の完成度はいうに及ばず、美しさにおいても全国の神楽歌のなかでも飛び抜けているんじゃああるまいかと思いますね。国学者神職の本気をナメたらアカン。

それほど出来上がったものだから、あれは誰かが飛び出てしまっていたら、美しくない。楽も舞も、心も。わかんないけど。
埴安がもちろんメインだけど、だからって目立てば良いというわけでもなくて、四神と、遣いと、埴安、おじいがそれぞれ食い合っても駄目というのは、素人目でもよくわかる。

はああああ何回でも見たい。溺れたい。ふわああ


「幕は閉じゆく」のあたりとか、もうね、あの白々と寒かった夜が明けて、お宮にスッと光が差し込むような感覚になってですね、切ないようなホッとするような、余韻のあるような。
花祭の時の記憶と、石見の夜明かしの記憶とがうわーって溢れ出すような、なんだか少し泣きたくなるような。
なんともいえない。

ふう。
それ以外の諸々はまた明日とかにでも書きましょうか。

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