舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

ひとりは、片方。だからもう片方必要

雨、いけんでしたね。
いまは九州の方でしょうか。
ひとまず自分の大切な人たちは無事そうでホッとして、あとは知らない人たちが大事ないことを祈るほかないのです。

朝は、なんか携帯がピコピコうるさいなあ、母親がまた朝からテンション高くなんか送って寄越したのかなあとか思いながら、いつも通り憂鬱な朝を迎えたのですが。
朝から私なぞとしまねの心配をしてくれてありがたい。最低限この人たちは大切にしないといけないなあ、と寝ぼけた頭で思いながら、自分も連絡先を知っている浜田の皆さんへご連絡。
市内よりさらに西の方からが大変だったようですね。

消防団の方も、お疲れ様でございました。
九州は大丈夫でしょうか。

人間はちっぽけだなあ。


震災があってから、持ち出しバッグはあるんですけれども。超最低限だけど。
でも、本当にこれだけでいいのか、不安になった。
咄嗟にこれだけ持っていけるか?そもそも咄嗟に手に取れる状況なのか?わかんないな。

あと、明け方とか、サイレン?放送?気付くのか?っていう。これマジ自信ない。
そういうときって、会社行くの?休み?

居住区はむしろ知り合いいないからなあ。会社にいて、みんなで避難の方が、持ち出しバッグはないけど知っている人たちとだから安心感はある。
あ、車に積む用バッグでもつくるか。

生きたいから、というより、生きちゃってる場合のことを考えての最低限の準備。人に迷惑をなるべくかけないように。


ちっぽけだなあ


片方の話は明日の昼か夜に追記。眠くなった。
たいしたあれじゃあないけどね。自分のために残しておきたいから。
ひとまず私は残念ながら元気ですとの報告ほど。


追記。

ひがしのかめさんが、最近様々な刺激と葛藤があるようで、思い出したように連絡とっては、いろんな話をするんだけれども、神楽関係者の娘として、血とか、生きてきた環境とか、感性とかあるわけで。
ほかのそういう立場の人を私は知らないから、どういう思いなのかとかその人からしか察することはできないのですが。
何にもない私からしたら羨ましいような、大変そうだなあと思うような。

でも話しながら思ったのは、あるけどない彼女と、何にもない私、二人合わさったら、ええんとちがう?って。

石見神楽からすればよそ者の二人。だけど、ふたつの眼でひとまず見られるねって。

たとえば師匠も、そうなんだとおもう。
石見神楽世界に生きてきた師匠と、何にもない私。ふたつの眼で見られる。

私は何にもないから、ひとまず知識はかき集める。それをもうひとつの眼が見て、頭が考える。もうひとつの頭が考えたことを、こっちの頭でも考えてみる。

ひとりだと、片方の眼、頭、耳。片方だから、ちょっと足りない。自分中心の、主観。
ふたりだから完璧、最強というわけでないんだけど、それでも思考や行動、情報収集範囲は倍に広がるし、補完できる。

だから、ひとりだと足りないなあって、思ったのです。