舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

ねむたー

昨日は上司がお祝いしてくれて、ふたりで飲んだくれてしまった。がんばったね、っていってもらえたのが嬉しい。がんばらなきゃ。

それでもって何でか初めて行った飲み屋の女将さんにハグされて、ハグとか久しぶりすぎて涙出かけた。ひとはだ!
子どもの頃とかほっとんどハグの記憶ないんです、なんであれって悲しいような嬉しいようなホッとするような気分になるのでしょう。嫌いとか生理的に受け付けないとかでなければ、わりとハグ好きな気がする。あんまりしたことないからわからんけど。

今日はウダウダしていたら、知り合いから石見神楽を見てみたいと連絡あり、急遽温泉津へ。個人的には三宮さんでかみこうさん見てみたかったけど、難しくて、残念。かみこうさんもそのうちちゃんと見てみたいな。

温泉津の人たちかと思いきや郷土芸能部で、知ったお顔発見。ビックリ。
「天神」「恵美須」「大蛇」で、お連れ様も大満足の様子でありました。よかったよかった

わたしも、知ったお顔が普段見かけるときとまた違っていて、新鮮というか、なんか大きくなったなあ(?)とか、ハッとしてしみじみでありました。近所のおばさんか。


神楽をするために地元に残るって、地元にその産業というか、基盤がないとダメだよなとか、不意に思って。
結構一般的なのは、祭りの時期は帰る、みたいな。
全然帰らんよりはいいけど、地域社会からしたら、人口の流出ですからね。

だからといって、自分の生まれ故郷から出るなって言いたいわけでは全くないんです。

神楽をしたい、そのために地元にいたい、そういうふうに思ってくれる子がいるって、本当に、宝。そしてその願いを叶えられる社会がある、外に出ざるを得ないわけではない程度に受け皿がある、それもまた宝。どっちか一方だけでは立ち行かぬ。

くわえて、定期的に神楽を舞う機会がある、というのもまたひとつの重要な点で、年に一回ポッキリとか、ほんの数回なら、祭りの時期は帰るでもいける。わりあい年間を通して舞う機会があると、練習のこととか含めて、なかなかそのときに合わせて帰るのは長期的に見るとかなりしんどいとおもう。
そうやって頑張っておられる方もいるし、素直にすごいなあと思います。
でも十年、二十年、年を重ねれば社会的にも、神楽的にも、役割とか責任とか出てくるだろうし、そうなったら余計しんどくなると思う。プラスして、通う経済的負担もある。

バランスが崩れたら、いずれ立ち行かなくなってしまう。神楽も、地域も。


とか、半分寝た頭で考えた。