舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

しぼりだせええ

ええないいい
脳みそ枯渇中。

アパートの端の部屋のベランダに、キジバト一家がお住まいになられてまして、いまはご夫婦だけかもですけど。
毎朝ご機嫌にしつこい歌声に目が覚めて、最近は慣れてきて子守唄がわり二度寝しているのですが。

今朝がたは夢を見たんです。

かめやまのイベント神楽見に行く夢。

でも、神楽が始まる前に目が覚めた。
おいいいいもう少しの間頑張って夢生成しろよおおお
みんなまだお着替えしてなかったよおおお運び入れ中みたいな?中途半端に知ってる分、中途半端にリアル。

朝からがっくりだよ。
しかも、あんまりいい感じじゃなかった。
あの感じ、正夢、あるいはデジャヴュ。
どうせならもっといい夢見させろよおおおおお夢の中くらいさあああやさしくしてええええ

ご機嫌、麗しくないわ。



なんたってもー、インプットがないから、話題がないんですわ。


先日、ある人に、神楽の担い手について問われて、分かるような分からないようななのだけれど。
誰が担うのか、といわれたから、その土地に生きる人だと、答えたのです。
それがあんまり、気に食わんらしいような、反応。

でもやっぱり、いろいろない頭をひねってみて、"担い手"であるべきは、やっぱりその土地に生きる人だと思うのね。

宮付きの社中的な範囲じゃなくて、コミュニティ範囲はもう少し広義でいろんなパターンが想定できるけど。

やっぱり、土地が衰退すれば、神楽も瀕死になるんじゃないかな。土地と人と共にあるから。

最近、まわり神楽も考えんといけんのがこんがらがるけど。母体はあくまで土地とか地域。

戦力として、外から来たもの、は、もちろん喉から手が出るほど欲しいだろうし、必要だともおもう。
でも、外から来たもの、通ってくるものが半数越えたら、それは違うともおもう。
芸態そのものは継げるとはおもうけど…

なんていったらいいのかな、別に今そういう関わり方をしている人を批判するわけではなくて、それもそれ、受け入れる方の判断や想いもあってのことだから、口出す資格はない。

でも、本気で"担い手"としての生き方を選択する人は、その土地に生きることを選択するような気もするな。
それは、時間とコストもある。

風の人的な層がそっちにいないのは、風だからだとおもう。"担い手"になることを本人が求めない。
なんていったらいいのかな、わからないけど。


ただ、そういった"担い手"がいれば安泰かといったらそれもちがくて、そもそも見る人が、求める人がいなければ成り立たない。
よそもの戦力も借りたいこともある。だって人がいないから。
プラスで、戦力外だけど、神楽に寄り添う人。
客観的に残すことができる人。写真とか、学とか。

まあ全部引っくるめて"担い手"としてもいいのかもしれんけど、担うというより、神楽支え隊の皆さんみたいな。
背負ってるわけではないもんねえ。


だんだん、どーでもいい人に神楽の話するのも嫌になってきたよ。どうせ、どーでもいいんだもん。ただその人をどこか洗脳教育しておこうという腹づもりで話すんだけど。

同じように神楽が身にない人間にもいろんな種類があることに最近気がついたというか、判別するようになった。


最近の私はニュートラルではないような気もしてきたなあ。
どうなのかなあ。

ニュートラルさも、しなやかさも、失ったらなんかもうね、価値がないどころかマイナスよね。はあああ