舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

ぶつかる空気。

台風から逃げるように暴風巻き起こしながらご一行は帰ってゆきました。ふいー
昨日は午後帰ってシャワー浴びたらもうずうっと眠り続けてしまって、その結果今日はそこそこ元気。
米子までいってきちゃった。
でも相変わらず米子は迷子。

ふらついていたら、広瀬のへんで月山が安く買えるお店を見つけましてね、むふふふなのですよ。今度のお祭りのとき買っていこうかな

月山は、ワンカップですら3本指に入る美味しさ(当者比)。
醸造アルコールがどうにも酔いやすくて、ワンカップは大体あーアルコール入ったなーってなるんですが、そういえばあんまり気にならないまま過ごしていましたよ。わふふ

うなぎの骨せんべいがまたつまみにちょうどよい。



温泉津は、仲良くしていただいているご夫婦と、監督お兄さんのご厚意で、かぶりつきだったのです。
なんかどこかのタイミングで監督お兄さんに場所取り用ブランケット持ってもらって、どうやらそのまま持たせていたらしいという。申し訳ない。
でもそのおかげでかぶりつきというか、つんのめってるというか、とりあえず近すぎて驚いたですよ。
そいでもってなんかニヤッとされてしまいましたよ。いやん恥ずかしい
いつまでも慣れません。

でも誘われるままに加わらせていただいた集合写真はどうやら加わったらいけんやつでしたね。やってもーた?まあ、かめやまの方々が良いっていったから良いか。手遅れだし。


そして、ようやく、島根の父に、神奈川の父を紹介できて、それが本当によかったです。ああみると、うちの父は背が小さいのか、島根の父がでかいのか…
手が小さいのは父親似。大きいと思ってたけど小さかった。

今まで断固拒否していたくせに、挨拶したらこれからお父さんも東京公演行かないといけなくなったとかブツブツ言っていたので、来春期待ですね。お財布的な意味で。ぐふふ

来年はまた両方見るつもりです。途中で帰るの悔しかったから。



まあそれはいいとして。

近さゆえなのか、すごく、なんていうのかなあ…気迫と気迫がぶつかって、空気が振動して、肌にビチビチと当たるような感覚がしたのです。
立ち合いは、当然。物理的にぶつかりあってるし。
でもその前のジリジリしてるときとかも。
鬼囃子のリズムとあいまって、息を詰めて眼だけになった感じ。でも肌になにか当たる。空気だけど呼気よりも重たい。

舞に集中しすぎて、時折胴がドカンときてびくっとなってしまった。

ちょっとね、集中がぷつんと途切れてしまうのね。
忍耐力がないので。


あと、衣装が近くにあって、美しすぎてヨダレ出そうでした。ずるるる
あんな細部まで見られるのなかなかないなー
素材の違い、きらきらと光る感じ、質感、擦れる音。わあああたまらん
鍾馗と疫神のとびっきり豪奢なあれもいいけれど、「神武」の四人のさりげない美意識もたまらん。

関係ないけど、頼長殿の襟元がちょいちょいクテッとしているのも萌えますね。やっぱり関係ないですね。

とにかく、あれだけ近くで見られたのはレアでした。
近すぎて画面見切れるのを言い訳に衣装も写真撮っちゃった。



鍾馗と疫神の気迫は、私のなかでは、格別。特別。あくまでも個人的な感想にすぎませんが。

さすがにもうどなたが舞われているのか、一発でわかるものの、見ているのは「その人」ではなくて、あくまでも「鍾馗」であり「疫神」。説明難しい。
時々面の向こうの「その人」が出てくる舞とかキャラクターがあるけれど、そうではないということ。

こちらにギョロリと向いたとき、面の向こうがこっちを見ているのかは知るよしもないけれど、勝手に負けじと見つめかえそうとする。でもそのときは、面の向こうではなく、面と向き合ってる感覚。

こちらも、「鍾馗」あるいは「疫神」と対峙している感覚とでもいいましょうか。


その感覚になることって、実は少ない。

立ち現れるものたちとの距離の近さもあるし、やっぱり人によるのもある。

そういうときは、舞に集中したい。
眼と頭だけ残して、身体は境目が滲んで熔け出すような。

久しぶりの感覚でした。
何で忘れていたのかを忘れたけど、無くしたわけではなかったんだなあ。


ただ、いつまでもアグレッシブで激しいのは、肉体にはしんどいかもしれません。神楽人生をそれで一貫するには身体に堪える。
年齢に則した舞がある(もちろん胴もある)と以前師匠がいっておられたと思うのですが、そうなるとすると、もうしばらく舞われる限りにおいては、激しさの向こう側、もっと恐ろしい疫神あるいは他の何者かにあい見えることができるのかしらと、高揚した気持ちになりますな。

そういう舞と出会ったとき、うまく表現ができるように、語彙や感性を蓄えておく必要がある。

この感じ、久しぶりだなあ。


これから毎週末石見ですけれど、台風にやきもきさせられたものの一応良いスタートであったということなのでしょう。