舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

すわんぷがぶーん

突然よみがえった難解な本のフレーズ。
『ワンドゥードル最後のいっぴき』だったかな。タイトル。母が子どものときに読んでいた本だそうで、古い本が今も家にあるはず。挿し絵が全くなかった記憶があります。
母が、姉と私に読んでくれたときに
スワンプ・ガブーン スワンプ・ガブーン
ハンサム ハッピー クレイジーの連中
という歌のフレーズがやけにツボにはまって、絵がないからそのダンスを知らなければ、文章なのでリズムも知らんのに、当分歌って笑っていたような。
なんでクレイジーな連中ではなく、クレイジーの連中なんだろう。

ワンドゥードルは甘いものが好きなナニモノか。
スワンプ・ガブーンはサルみたいな、やかましいやつ。

絵がないからか、逆に、おぼろ気ながら自分の想像の中のものらが隅っこの方に住んでいるような気がする。文字を読めば出てきそうなところに。
今もその本は売ってるのかなあ。

比較的ファンタジーな世界に住んでいたような。
よく考えたら、昔はいい子に聖書を読んでいたわけで、そらイヤでも鍛えられますわな。

でも活字を読んで、ゼロから世界を想像していくのはかなりエネルギーを使うので、今では小説とか物語を読まなくなってしまいました。
決まった作者の、決まったシリーズ、くらい。
ドラマも見ないので、最近のなんか流行りみたいなのも全然知らない。

昔読んだものは、読み直せばやっぱり世界が戻ってくるのだけれど、新規作成が難しい。

今は完全に読む物が偏ってますねえ。

ファンタジーといえばファンタジー…?
いつからこうなったかね。



そういえば今日、今年唯一のチョコのお裾分けをお客さんからいただいて、とてもハッピーなのですよ。
会社で自慢したら、もらうほうかい!って先輩につっこまれちゃった。てへ

なにが釈然としないかといえば、先輩に、チョコあげたことあるの?とかニヤニヤしながら聞かれたことですね。あるよ!私だって!一応普通の女子してたよ!
今年だってあげたよ!自分に。
悩んだけど結局松江の和菓子やさんのやつね。気がついたら昨日が終わってたからいつ食べようかと思ってるところね。

付き合いに割く余裕がないから、身軽でいいのよ。
昨日おじさんたちの終活の話聞きながらまたしみじみ思っちゃった。
今のその世代が、いろんな習俗を良くも悪くも変えていく。
なんか、不思議な感覚。
波打ち際に立つような。


結局なにが言いたかったかといえば、大きなきっかけになる出来事とかないけど、なんか気がついたら変わっていっているものだなあ、って。


あと、ああ変わったなあ、と思うのは、可愛い女の子は正義!と思うようになったことでしょうか。
女の子というか、女の人かな。年齢幅は広いかも。
まだアイドルを愛でたいとか、人並みの域には到達できていませんけど。
全体的な雰囲気?なんか可愛いな~と思う人は、つい甘くなっちゃう。
ちょっとくらいムリ聞いちゃうかなー。

人間に近づいてきたかしら…


でもイケメンは、いまだにようわかりません。
私のイケメンはリチャード・ロクスバーグだな。やっぱり回り回ってそこ。今何歳なん…56歳か…お、オオゥ…

あと、愛する山内さんかなあー。

自分がペチャ鼻ブスだから、鼻がスッと通った感じの人が好きなのかも。わからんけど。まあ、私は鼻以前の問題ですが。はあ。


イケメンはどうもまだ変わっていないようですけれど、いろんな感じかたというか、見かたというか、さらにいえば自分自身の性格というか、いろんなものが、知らん間に変形していっているように思うとです。
良くも悪くも。 

夜が弱くなったのも変化よね。そういえば。

人間一人、人生のわずかな時間ですら変わっていくのです。なにかを継いでそれを受け渡すこと、変えないでいくことの難しさ、エネルギーはいかばかりかと。変えないという意識をし続けなければ難しいし、し続けていても難しいでしょう。

でも、やっぱり、変わりゆくからこそ、変わらない軸が必要。
軸に据えるのは、普遍的なものがよいですね。変化の影響を著しく受けないようなもの。

というか、変わりゆくものだと思いながら、風を受けて波間に立つことと、なにも意識せずに風に吹かれ波に揺れていくのとでも、行く先は違うように思います。

精神論っぽくなってきたな。やめやめ。


どうあるべきか、なやむところなのですよ。