舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

ひえひえあわひえ

イヤーさむかった。まだこの時期の野外はしんどいで…先週末から消化器系がちと不調のところ、今日の寒さで車乗ってからぽやーっと発熱気味。しもやけはせっせとシャワーでもみもみして回復中なので、再発しないことを願う…で、思ったけど、いつ元気なんだ?
とりあえず今日はもう寝たい。
あ、5時起きしたからかしら。起動するまでにプラス30分かかったけど。

3時から7時まではスーパー胃痛タイムなので、徹夜も早起きもできることならしたくないですが、まだ暗いうちから車を走らせて、だんだん明けていくのを感じるのは好きです。夜明かし舞の最後の、ちょっと切なくなる感じを思い出して。胃は痛いけど。

進行方向が逆だったので、仁摩で山側へ曲がった頃に、銀山らへんの上にぽこっと出てやっと見えました。今年の初日の出。いえーい

なしてそんな、日も明けやらぬうちからもぞもぞ動いていたからといえば、まあ神楽だったからなんですが。
交流会?みたいなやつなので、詳細はないほうがいいのかしら。
子ども神楽の日。

かめやまの子たちは、子ども神楽枠からは皆さん卒業しちゃったけど、あの子たち主役の神楽が楽しめて満足満足でありました。
うまうま、もぐもぐ。
楽も舞も同時に堪能できるのは、レアよね。むふふ
個人的にタイムリーな話題の「道かへし」も重みがあってよかったし、「恵比須」は念願の大人バージョン見られて嬉しかったなあ。これでやっと二回目。

「道かへし」見ながら、あ、大人になっていってるんだな、とか近所のおばはんみたいなこと思ったりして。
声とか、体つきとか…っていうとちょっとヤラシーかしら?あと思考とか感性とか、ひとつひとつが、一瞬一瞬のうちに変化していく。

風姿花伝』では、17,8の頃は主に体の変化があるからいろいろムツカシイよ、みたいな話をしとられるんですが、大体その辺10代半ばから20過ぎくらいまでは言えるんじゃないでしょうか。
能についてではあるけど、ここが、一生ものの芸となるか、行き止まりになるかの境目であると。稽古しすぎもいけないけど、諦めてもいけない。精進あるのみ。って、一番要求がムツカシイんすけど。

ただ、無理して高い音を出そうとすると、体つきに妙な癖がついたり、声帯を傷めて年取ってから損するから、気を付けてね、とのこと。その時の喉に無理しない音階で穏やかに歌えばいいってことかしら。
逆をいえば、その頃しかない、ものなわけよね。
それより下は高い声、それより上は低い声になるから。

でも、鬼ちゃんの口上とかは、やっぱり準備体操しないと、あの、なんていうのかなあ味わい深い声とか、口調とかにならんのでしょうか。
まあでももとの声の高さもあるのかなあ。

よく考えたら、わたし男の人の声の高い低いってあんまりわからんかも。
オプティマスプライムの声は低い、しかわからん。
ええ声と、いくない声があるのはわかる。快/不快。

室町時代からはだいぶん人の寿命も変わって、各世代の幅も当時よりは広がってるとは思いますが。
いずれにせよ、20代半ばには身体は整いますからね。精神はわからん。
…つまり、わたし自身はもうこの状態で確定ボタンが押されてしまったわけであります。終盤の追い上げ激しく全体的に退化して終了した感満載。
ああ、まあ、修練を怠った結果ということでしょう。


ただねー、時代的に稚児バンザイ感があってですね…
今日のかめやま以外は、まあ「子ども」神楽だし?稚児なわけですが。
あの頃にしかない良さは当然あります。

あと、あれを見ることで、その団体の先輩たちが舞の何を大事にしているのかが、見えるのかな?とも思ったりしたのです。多分だけど、まだ教えをなぞるのに一生懸命で、自己顕示欲でああしちゃろうこうしちゃろうがないのかな?と思うので。わからんけど。
教えの習得の度合いとか、その子自身のセンス?による差はあるかもですが。

でも、何につけても稚児姿で、何をしても華やいで欠点もカバーできちゃうのよ、とまではいかんような…あ、何したって全部カワイーで済んじゃうよ、ってことなのかしら。

そこからいかに、次のステップへ行けるようにするか、が大変ですね。
カワイーで済まなくなっていくときが、分岐点に立つときということだろうから。



いろいろ思考がぐちゃぐちゃしてきたので、これくらいにて。

とにかく、今日は早起きだったし、めちゃめちゃに寒かったし、なんか疲れたけど、行って良かったなあと思うのでありました。