舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

放浪の虫

そろそろ我慢の限界で旅に出たくなってきましたよ。旅というか、観光?
しかし、根本的な問題として、生活にかかるお金引くと、笑えるくらいお金が全く残らない。笑えるう
京都奈良行きたかったよう…しくしく

今までお金があったことがないとはいえ、自分が心狭くなったなあと思うのは、同じ職場で同じ年代で同じ勤務体系で実家暮らしの子が、毎月県外へ旅行へいくことに対して、ちょっともやっとした気持ちになること。口には出さんけど。
正直、羨ましい。
旅行どころか、遊びにも行けないのに、なあ~って
まあ神楽は別として。神楽周辺は生活に必要な経費に入ります


お予算気にせず欲望のままにお金つかってみたいわ…
そしたら、とりあえず、からあげ食べる。

そのあと胃薬と服と少しの化粧品を買って、本も買って、東日本か奈良あたりへ旅行して、お土産たんと買って、おいしいもの食べて、うーん…温泉入って、地酒買って飲んで、…神楽も見たいしね、能も見たいよね。うーーん…そんなもんといえばそんなもん?
本屋には、諭吉さん5人くらい握りしめて行きたい。
美術館とかも、行きたいけど、行きたいのが行きたい時に行きたい場所でやってるかは運次第。正倉院展はぜひまたいきたい。

なにはともあれ、目下、頭痛薬と胃薬とお米がほしい。
お米がほしい。とりあえずお米がなーい!ほしーい!買えなーい!来月からお弁当困るー!
買いたいけど重いから、買って帰りたくないので、今のところ見送り中。くうー



まあ、そんなのは、どげでもいいんですよ

近頃は家族とも疎遠気味だし、一人で頭のなかずーっとしゃべってるから、放出したかっただけ
しかも最近ずーっとカリカリしてやれない。





大会でいろいろ気付いたことメモほど。


はたと思ったのが、どれだけ広島の神楽が「広島神楽」として、独立し、隆盛極めようとしたり、石見を淘汰しようとしたりしても、結局のところ、そう呼ばれているものの枠の中って、石見神楽の神楽の延長線から脱することが出来ていないのよね。むしろ、石見神楽の汎用性?を、際立たせている。
それが顕著なのは、衣装や面。
一番目立つところが石見神楽のまま。


それを前提として考えると、広島の所作や舞いぶりに寄せることが、確かに、広島の競演大会においては、審査基準に当てはまりやすい。
案外そういう観点から、広島の舞を取り込もうとする人がいる可能性も考えられる。

しかし、そっちに迎合した時点で、石見神楽の伝統からは逸しているし、それで評価をつける審査員もまた伝統や歴史、正統性を見極められない人よね。

そんな人に評価されて嬉しいのか?という話。

そんな人たちじゃない審査員だったから、今回は、いっそうに嬉しかった。

それに、広島の神楽団の人でも、石見神楽にたいする思いや、目耳のある人がおられて、嬉しかった。
 
反面、師匠に教わった通りに、神の座す位置に対する神の立ち位置とかを見てみると、やっぱり「神楽」というより「舞」なのなあーとか思ったのですよ。

そりゃ、習わなきゃわからんけど…それが、古老の教え、というやつなんじゃあないかしら。


はあーもう眠さ限界だから寝る。