舞ひあそぶ

神楽のこととか、備忘録の掃き溜め。

八調子の言い表しについて

八調子の特徴は?っていわれて、派手で勇壮で…って答えるのはなんかつまらんくて嫌なので、今言葉探ししているのです。

軽すぎって怒られるかもしれなくてちょっと内心ドキドキですが…八調子の土地は、海側の気質であるのは確か。テンポ良く畳み掛けるというか…こ気味の良い感じ。なんか江戸っ子みたいね。
で、神楽が好きでやりたくって、もっとカッコ良くしたくって…しかもそれに応えるセンスと技術がその土地に既にあって、なんかもう、時代の最先端を行っていたのかな。そしてそんなビジュアルや演出がカッコよかったから、広がっていったのですよね。
島根の原宿的な?

でも、そこじゃあないんよね~
それは過去。 

なぜ、人は熱狂するのか。

父がカッコいいねえ~って心から言った、その根っこはどこだ?
私って、最初カッコいいーって思ったからでしょ。なにその根っこは。


完成度の高さ?
序破急

マジでやってる気迫かな。いや、でもどこもみんなだいたいマジか。マジじゃない人は見ててわかる。

あ、ギャップ?
さっきまでそこらへんでお酒飲んだり煙草したりしてたはずなのに、あれれ??れれ?みたいな。
関係ないか…


でも気迫と、洗練された舞と詞章の美しさ、神楽を支える道具の技術、年齢を言い訳にしない完成度の高さ、は答えにしてもいいのかな。

爆発しそうな空気感なんよね。なんだろう

体の中から、なんか出てる感じ。


しっくりくる言葉がまだ見つかりません。



私ね、自分の嗜好に気がついたのですが、ああいい舞を体感できた、その場に居合わせたんだ、って感じるときや人って、眼、なんです。
それこそ気迫。

直面でも着面でも、眼。

眼の力に圧倒されて、ほうっ…てなる。
誰とか年齢とかなんかいろいろ諸々は関係ない。


大学のとき、本物の能面を掛けさせてもらったことがあるのです。その時に言われたのは、自分の眼で見ようとしないで、面の眼を意識すること。
位置とかサイズとかちょっと違うんよね。
神楽面は掛けないのでわからんですが、能面は少し上に目がくるので、下を向く所作も自分の眼で見ようとすると、能面は目線が不自然に下にいってしまうの。
能面や型は、無駄を一切削ぎ落として抽象を極めたがゆえに、自分を捨てた瞬間、ものすごくリアルになるのです。これ、ほんと。不思議なんよねえ。


なんとなくなんですが…もしかしたら神楽も、面や演目、役によっては、面の眼がモノをいうんじゃないかなって、少し思いました。

舞い手の気迫と面の眼と所作がリンクしたとき、きっとものすっごい迫力になるんじゃないかなあ。
わからんけど。
全部が全部そうで、毎回だと見るのも体力がいりそうですが。まあかるーく見られる息抜きもほしい。


なんか言葉にするとすごーくありきたりになる