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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

カラフルカオス

神楽あたり 花祭あたり

お仕事で銀山まで行って帰ってきたので眠たいです。明日は奥出雲。ふぎぎぎ
楽しいけど、それなりの距離のある運転が続くとちょっとしんどい。

なかなか書きたいことメモのものが書けんのですが…

色、のことをぶつくさ。
いつも以上にめっちゃ読みにくい&意味不明かも。


この前七夕の短冊の色は五行説に基づいて…っていって石見では見慣れた五色が出てきまして、あー石見で教育されたな~とか思ってむふむふしておりましたけれども、その五行説の説明が「仁義礼智信」の五常のほう寄りだったのです。
もしかしたら儒教五常、っていっていたのかもしれんですけれど…きちんと話を聞いていない。


とにかく大陸において、五という数字と、青・赤・白・黒(紫)・黄という五色が大切であったっぽい。
それが、日本にたどり着いちゃったがために、ごっちゃまぜに受け入れて馴染んじゃっていろいろややこしくなったんでしょう。さすが日本。


これは私の解釈ですが、五行説(自然哲学)と五常(学問・思想体系)はひとつの天秤だと思っていて…


神道というより、神楽世界(陰陽の世界)では、五行説のほうが重たい。
東方青龍、南方朱雀、西方白虎、北方玄武、中央黄龍…都的には真ん中は鳳凰な気がするけど

神楽的にも色の扱いってこの順番…五神と同じ順なのではないでしょうか。よくわからんですが。
まあ、、自然のものに神を見いだしてますから、自然哲学のほうなんじゃないかなって。

幣とかで…シテ?えーっと…神か。神の持ってる幣とか力紙?が青くて、随身が赤をつけているのは、色の順番で「青=甲」「赤=乙」みたいな感じなのかな~って、勝手に解釈してます。ま、よく外れるんですけどね。


学問的なことの世界では、五常のほうが重たい。理屈のほうね。
仁義なんたらの順で言えば、赤・白・青・黒(紫)・黄になるのかなあ。

五縛りなので黒と紫がくっついちゃうけど、色の位としては紫が最上。これは聖徳太子の時代の冠位十二階以降ずうっとそうなんじゃなかったっけ。


ちなみに、お寺の五色幕はまた別の思想でして、釈迦の身体と智慧をあらわすんだそうです。
どの色がスタートかよくわかりませんが青・黄・赤・白・黒(紫)の並びが多そう。

カオスだわ。カオス。

そもそもの概念が違うのよね。理科と社会と国語みたいな、お互いにかかわり合いつつもやっぱり違うよねって感じ?



そんなとりあえずカオスな感じのところへ異色のエースとして出てきたのが、国家神道の「白」だったわけ。
すべてをそぎおとしちゃった色。

明治の廃仏毀釈とかの影響で、カラフルを白一色にせざるを得なかった地域とかもあって、それが奥三河の花祭の伝わる集落の入り口の地区。一番外からの目にさらされるところ。
神道花」にしてまで、でも、守りたかった。
長崎にも確か真っ白な神楽があったんじゃないかな。
時代の流れから神楽を守るために、色を捨てた。

神事とかで、五色より白を重要視しているのも、神道だから。

そこに自然の摂理とかは関係ないの。
「神」に向かうための清浄さが重要なわけです。



あーむずかし。


少し気になるのは、八調子改訂の時代、あの、藤井宗雄と原井組神職が、色は捨てなかったんですよね。
五神も捨てなかった。

なんでなんだろう。


むむーん。もやもや。



にゃんこがいたらなあ~~
でもいまにゃんこを養う余裕はないし…自分を養うので精一杯だわ。

にゃんこもふもふしたいな~~