舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

なやましきこと。

思うところあって、書きたいことがあるんですけど、書きはじめとか上手い例えが思い浮かばなくって、ううーん。
いいや、そのまま書いちゃえ。


神楽とか、郷土芸能のうち、部活や子どもだけの団体じゃなくて、世代混同の団体とかに小さいうちから所属するのって、社会性を育てる意味でもすごく、いいなと思うし、きっともともとそういう側面があったのではないかなと思うのです。

部活も、あれはあれでいいというか大切だとは思うんだけど…そのあとの受け皿がないと、結局継続することで得られる真の継承もできないし、そもそもその子達が土地に残らないよなあとも思ったりして…ちょっと複雑。

伝統文化の継承を、学校教育頼みにしてはいけません。触れる入り口ではあったとしても。
三年ポッキリで終わらせてはいけません。

あと、結局同年代ほぼ同レベルの集まりなので、なんというかなあ。


私自身の話をすれば、体力と根性がなかったのでほとんど習い事もしなかったに等しいし、なにかそういった課外活動?みたいなのに所属した経験も無いのですけれども…
でも、生まれ落ちてからずっと教会での団体生活はしてましたから、日常的に親族以外の大人とも接する機会はありましたねえ。
まあ、うっかりカルトだったので、大変でしたけれども。
おかげさまで、団体行動ができないことはわかりましたし、それなりに社会性というか、年上との関わりかたは学ぶことができたのだと思います。

敬意の払い方というかね。


そればっかりは、同年代ばかりの世界だけでは学ぶことができないなあって、思ったのです。
塾のバイトをしていても、その差は感じた覚えがあります。


今時の若者は…とかいって、敬語の使い方も敬意の払いかたも教えずに育てたのは、今時の親御様なんだけどなー。



ああでも、たまーに、そんな世代混同の団体生活を送ってきたからこそかな、年上とか関係なく人を検分して、ナメていいと思ったら徹底的に人をナメ腐るトンデモナイ人がおられるんですよね~。
あれは、なんでなんだろうなあ。
どうしたらそうなるのか、不思議でなりません。

本当は甘えたがりで、構ってほしくってナマイキになっちゃうな思春期とは性質が違う。

人を見下しているのか、自分がめっちゃ天上人だと思っておられるのか、ちょっと私にはわかんないのですが。

大体共通する傾向として、肩書きがあったり皆がちやほやしてたりする偉い人には、清々しいくらい恭順の意を示す。
傍目から見ている分には、そのあからさまな手を揉み揉みゴマスリとかワアオすげー!って興味深い。



でも、最近気がついたんですけど……
どうやらゴマをすっているからといって、尊敬していたり敬愛していたりしているわけではないのですねえ。

すられたことないけん、気付くのに時間かかったわ。


師事しています!先生!とかいいながら、その眼の奥は打算的なというか、やっぱりどこか見下しているというか、そのもののもつ権力しかみていないというか。

商売させたら強いんやろうか。
理性なき資本主義。


ただの利己主義。


ふーむ。


学生のうちはやっぱり限られた世界にいたんだなあ。オトナになるほどに、そういう人とも出会う。


でもさあ、私みたいなピヨピヨにも、ああ、あやつはあかんヤツやってわかるってことは、所詮上っ面良くしていたって、バレバレってことよねえ。


亀の甲より年の功。
やっぱり自分より年が上の人には、敬意を払うことが大切なんじゃないかなあ。
特に、団体生活ならなおさら。


というか、団体生活している団体のなかで、自分が一番優れているのに抑圧されていると思っていて、敬える人がいないなあって思っているのなら、それは今いる団体との相性が悪いのかもしれないし、団体を飛び出ていってしまえば起業か転職してしまったほうが、お互いのためなんじゃないかなあ。
団体行動を乱しているんだから。

どれだけ努力して取り繕っても、ナメ腐った空気とか、反抗心って隠しきれない。

団体には、団体のルールとか、伝統とか、あるやん。

それを壊したくなった人たちが別れ出て、宗教の分化とか、流派の分化とか、されたんでしょう。

乗っ取られてグチャグチャに破壊されるのが一番のバッドエンドだわ。


難しいな~。



困ったさんに遭遇して、翻弄されて、自分はナメられる側決定なんだけど、いろいろ困っちゃう。