舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

ぐるんぐるん

タイトルに特に意味はない。

やーっとこさ、原稿を書き終えました。わーいぱちぱち。
いいのかどうなのか、読んでもらってガッツリ言ってもらえる人がいないと直せないのだけど…いないかあ。
とりあえず、ここずうっと残業してやってたやつも明日くらいで目処たつし、これでやっと検定の勉強を明日からできます。良かった。

DVDはいつ見ようかな。ご褒美ご褒美。


そうそう、阿須那あたりの舞は、あのあたりの人にそれは推測でファクトじゃないと言われていたのですが、明確な呼称はないにしろ、そういうものがあるのは、やっぱりファクトとして言える。
著者がしっかりしてる本で書いてあって良かった良かった。
読んでおられんか、もう固定した意識のなかにおられるかでしょうか。

桜江の神楽と、県境の神楽は、はじめて見た人にとっては明らかに違って見えますから、六調子地域のなかの阿須那のあたりの舞、というように分けないといっしょくたで説明できない、という話はしたのです。でも根拠をとっさに示すことができなかったのでした。
私の目で見ただけの推測ではない。
というか、実はその土地に住んでる人からしたら、自分たちは桜江のあたりの神楽と同じという感覚なのでしょうか。わからん。


ただ、次なる問題は、書かれているふたつの芸態が
・邑智郡西部、旧石見町周辺地域と桜江
・邑智郡東部、旧羽須美村と大和村周辺地域
で分けられるとなっていましたが、美郷川本は前者に入ってるんですよね。
式年祭で大元神事を伴うことからそうなっているのだろう、多分桜江あたりと同系統の神楽が伝わっているのだろうと思いますが……
だいたいの美郷川本の「舞」はいまや後者の方に当てはまるような気もしたりして。

みやこさんも大元の式年祭で舞っておられますから、普通に見ればそのときは「大元神楽」と呼べますね。でも「舞」は誰もが違うというでしょう。

あああああもうわかんないよおおおおおお
誰か教えてよおおおおおおお

もしかしたら、各地域の神楽については削除するかもだな。まだ知識と見るのが不足してる。

頭疲れた~


あとね、石見神楽が広島の神楽に影響を与えたわけですが、
八調子・六調子(邑智郡西部/東部/那賀郡)がそれぞれどこにどんな具合で基になったのかこんがらがってしまったのです。

邑智郡東部の阿須那の舞は三次・安芸高田あたりに影響を与えているのかな?衣装や囃子なんかはどっちが先にああいう風にしたのかもわからん。阿須那の方だと思いますが…
むーーーー