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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

春を忘るな

バイトで部門のチーフみたいなのをしておりまして、通称シスターズという後輩がいたのですけれども。
まあ、簡単にいえば、入ってきた当初から見てきた妹分みたいな。
長女は院生なのでいまだにゆるーくしてるみたいですが、次女は去年、末っ子が今年で終わりらしく。
なんとまあはやいことよ。

それでもいまだに子どもも後輩も社員も覚えてくれていて、ありがたいなあと思うのです。もうその場所自体は知らない人ばっかりになってしまったけど。
常にしんどさMAXだったけど、その四年間が無駄だったとはこれから先もずっといいたくはないな。

以上。
この時期はやっぱりすこし寂しい気持ちもする。


昨日の続き。

昨日はなぜか猪早太の話で終始してしまった。
まあ、人気の団体だし、いろいろ書かんでもいいかな。
個人的には、広島と石見(浜田沿岸)で美意識や求めている鉄板とか違うんだなーと思ったのでした。
なんじゃかんじゃいう人もおられーけど、やっぱりあれはあれ。これはこれ。似ていない。お互いに似せる必要性も感じていないと思う。求めている境地が違うもん。だから、僻みとか妬みとかそういうものもないんじゃないかなあ。

と、いう感想。


「五條橋」は、個人的に楽がツボでありました。
胴とりは本気を出さないこと。クールであること。
楽全体のバランス、舞とのバランスが心地よかったのであります。むふっ

義経がなんかまた育った気がするけどよかったなー。

私より化粧するのうまいと思われます。わはは

いろいろ思うところあるけど、なかなか難しいのでこれくらいにしておこうかな。



月曜のこども美術館では
「恵比須」あいて「黒塚」「天神」「大蛇」
あと金城?の田ばやしと三隅の田ばやし。
よさこいで民謡取り入れるくらいなら楽しく民謡やればいいのになーとかちょこっと思ったけどなかなか難しいですなあ。そう思うと、弊害もたくさんだけど郡上踊りはすごいのかもしれない。
たしか保存会自体は年配だけど、若者よそ者が熱狂しているから。
あー難しいなあ。なんでかなあ。

私だったら、よさこいよりかは田ばやしやりたいな。あれいいな。なんか気に入った。


えべっさんは、出血大サービスな感じでしたね。
群がりかた半端ない。
でも釣り上げるのはあっさりさっぱり一本釣りなところがよいです。
お帽子が乱れがちなのもチャーミングです。

「黒塚」は、激レア法印さんでニヤニヤ。
てっきりレギュラー法印さんかと思っていたので不意打ちでありました。どっちも好き。むふっむふっ

悪狐ちゃんはわかんないけど、アクロバティックな悪狐ちゃん。
実は柱と人であんまり見えていなかったのが残念。

あそこってなんであんなに見にくい構造なのかしら。

「大蛇」も、ほとんど見えてないけど、ニュー扇子?とニュー蛇胴??違うかな?わからん。なんか違うな?と思ったりして。
あそこ狭そうで大変だなー

ねむくなってきた

かぶりつきでみたいような、かぶりつきじゃなくてもいいからしっかり見られるところで見たいというような。でも、なにより地元の人にみてもらえたらいいんだよと思うような。むむむう
25日はどこでみようか、いまからもう悩んでおるのです。

手のひらにアオタン

日曜にド派手にこけてまして、いたいなーとか思ってたら今日の夕方になって青アザが浮かんできたのでした。青アザをアオタンって、いわない?

皮もむけたし。
いたいよー。しくしく

ねむいよー。


土曜は、就活の時からお世話になってる人が別便できたもののダウンで、川本からの帰りは代わりに運転して帰ったのですが、道中なんで神楽?という話をしていて、なんとなーくだけど自分の興味の芯が見えた気がしたのです。好奇心の本質。
やっぱり機会があればもっと勉強したいなーとも話していて、もし本気でやるなら民俗学以外の学問で本当に尊敬できる人のとこにつきなさいって。それは盲点だった。
民俗学は、やりたきゃ独学でやるでしょ、つきたい先生見当たらないんでしょ、って。言われてみればたしかに。
全くいないわけではないけど、結局は、学者先生。もうすでに着地しちゃったから、いまとなればそっち系のスタンスにはちょっと違和感がある。
あと私がいるフィールドが、いわゆる学者先生たちから軽視されているというのもある。それが気に食わんから、噛みついちゃいそうだよねって。なるほど、たしかに。このかめのふ、狂暴につき。

いまの仕事が好きだし、いろいろしがらみもあって、しんどくても辞めたいとは思わないけど、これからの時代、会社がなくなっても生きていく術、人脈は身に付けていきたいなあと思うのであります。
起業とかじゃなくて、ぽやぽや流れながら組織に属しながらも、自分のしたいことができる環境を組み立てる力も。

そんな真面目な話から、歴戦な女子の奥義まで。
いやはやいやはや。
のーんびりだけど、思考は止めたくないなーと思うたのです。

また師匠にも相談してみよーっと。


田植え周辺はまた次回
これでひとまず終わりらしい月一の舞で、みやのきさんの三郎さんの話と、かめやまの「五條橋」と、みやのきさんの衝撃的な猪早太。
乗せてってくれた父上に帰るよーと言われたのでそれくらいまでですが、なんとも猪早太が衝撃的でありました。私の知ってる早太じゃないで。

でも、「悪狐伝」の和尚さんといい、あのキャラクターがむこうの鉄板なんだなあと思いました。
そう思うと、まあいいかあと思う。
コンビニで遭遇したことを誇張して話したりだとか、誰もがどんな状況かわかって笑える話を、鉄板ネタに交えてするところは、素直にうまいなあと思います。テクニックというのか、トレーニングというのか、なにもなしではやっぱりできない役ですね。つい笑っちゃう。
身内ネタは、身内はたのしいけど、身内じゃなけりゃどーでもよくてつまらない。知らないから。わからないから。

と、いうのは本当に素直に思ったのであります。

他よくわかんないけど、三郎さんのときの役とのギャップがすごくてビビった。

そして、お目目がパーーーッチリすぎてビビった。
もはや白目が行方不明やー。

やばい眠気限界なので1度これでおしまい

ねむねむむ

明日以降きちんと書くけどめもめも。
散々松江浜田間走ってきたけど初めて二時間半の壁を越えたで。わあお

土曜は仕事で一日川本、日曜は浜田経由千代田行き、今日はこども美術館。数時間以外ほぼ石見。

アッシーかもーとも言われてたのですが、結局そうならず、またトラックに積んでもらえて、せんじがら食べながらどんぶらこっこ。楽しかったー。うふふ

あと、民俗資料館みたいなとこで田植え踊りとか見てたら、なんだかご厚意で資料いただけてラッキー。今日初めて田ばやし見れてさらにラッキー。
なかなか興味深いであります。


んーと、あとなにかな。
いろいろ思うことがあったりとか。
ねむー。またあした。

しもやけアゲイン

せっかくさようならしたと思いきや、ここのところの寒さでまたしもやけです。かいかい
しかもこの前までと違う指にできた。どげしてー

この前までなってた薬指氏は、ふくらんだ名残でバキバキ皮が余ってる感。いやーん

つらいよー。


眠かったり、眠かったり、寒かったり、なんかいろいろ、なんだかなあなのですよ。とりあえず今度のかめのふを楽しみに…むぐぐ


また眠くなるかもだけど、この前の「八幡」見ての話。


なんとなーく、「塵輪」とか「弓八幡」とかあっちの意識が強いし、たしか重鎮の団体では「八幡」は舞わないとこもあるんだったかな?って聞いたこともあるし、あんまり、「八幡」って意識しないというか、若いひとがやるイメージがあったりするのですけれども。

この前のはオイシイ「八幡」でありました。ぐふふ

舞の道行き?はそれぞれ違うらしいけれど、重厚な舞を舞われる二人舞。いやーオイシイ。

前に師匠が、年相応の舞を舞うこと。だから人、面だけじゃなくて、舞い手の年でも舞は変わることをおっしゃっていたけれど、比較的ベタな演目、立ち合いの舞だからこそ、それが感じられる気がしたのでした。


若ければ、軽やかに、跳ねるように、鬼も神もくるくる舞う。特に鬼かなあ。飛んでる感じ。スピード感とか。

この前のお二人の年(知らんけど)で、その舞だと、なんか軽々しいというか、ちょっと違うかも。
それで、背が高いのもあるのかなあ
もっと、大きくて、悠然とした感じだったのでした。

スピード感よりも、鷲が羽を広げて降りてくるような、迫りくる感というか、ううーん。
まあ、そんな感じだったのですよ。


そうおもうと、30代って、いちばんむずかしいのかなあ?

間の世代。

若さと勢いでカバーできなくなってくるから、技量とセンスが表に出てきてしまうというか。わからんけど。でも、師とか、先輩とか、重鎮の教えを身に落とし込めるにはそのあたりの世代が限界なんじゃないかと思うのです。本当は、もっと若いうちなんだろうけども。
自分の舞がもう確立してしまう。
それより年が上がると、思うように体がーとか、もう自分が先輩の仲間入りーとかになるだろうし。もっといえば師匠たちが引退しちゃうし。


私も、今のうちにたっくさん蓄えておかなきゃね。
舞法以外の教え、言葉。
師匠や、古きを知っている人たち。



あ、そういえば、第六天って、仏教的な思想じゃなかったでしたっけ。
八幡も、八幡大菩薩ですね。
だから、天皇を表立たせたくないという意味ではそうなのだけれど、反面、習合的なニュアンスからすれば、国家神道の流れのうえではあんまり主流にしたくなかったのかもしれませんね。
だから、ながはまさんあたりではあんまり舞わないとか?

面は切り目面?


うーむ。ねむくなってきた


もちろん神も好きなのですが。
鬼がザイを杖にして片足でたつ所作が、決まれば決まるほどイケててかっこいいであります。


なんか眠くて打てないからおしまい

ねむたー

会社でぼーややら坊っちゃんやらケラケラ笑われ放題でありました。いやん
ぷわっぷわやでー。
でも前髪作るのはあんまりしないのでレアなのですよ。ふはは。顔がもっとかわいげだったら良かったんですけどねえ。しかし風呂が楽じゃ。

今日もねむねむなのですが。


あんまり、よくわかんないんだけど、たまにべちべち音がするような太鼓の時があって、何が違うんかなーとか思っていたんですが、バチの握り方なのですね。
強いんだったんだっけ?
スナップきかす余分がないから、響かないんよ、と教わってたしかに打楽器はそうだよなあって。
小学校の時、小鼓と大鼓を打たせてもらったときも、そういえばそれ言われた気がする。気がつけばそれも遥か昔になってしまった。

でもどっちかといえば、能の太鼓はあんまりスナップきかせすぎないのも大切にしてる気がします。響かすより、基本がトントンと、皮の上にバチを優しくおろす感じ。
花祭の太鼓とかはそっちに似てるかもなあ。
響かすことに重点おいてないというか。
でも強く握ってはいなさそうだなあ。

と、ふとおもったりして。


昨日の「天神」見ていて、なんか神の出掛けの舞が独特で面白かったです。あれは、ながはまさんの所作なのかな?前もそんな感じだった気が。

なんか説明しにくいんだけど…
生真面目な舞?
学問の神様っぽい。

私はかめやま以外あんまりみたことないけど、かめやまは、もうすこし武骨?動きがスマートではあるけど。

多分、ながはまに天満宮があるから、余計に大事にしてきた舞なんだろうなあ。


いろいろ書いてたけどうとうとしたら消えちゃったのでこれでおしまい。

ねむむ

ヒマジンのお話し相手してたら眠くなってもーた。ねむねむ

髪を切りまして。大人っぽい感じの予定がなんかうっかりボーイッシュになりました。
ねこっ毛ぷわぷわやでー。寝癖警報やでー。
さっぱりさっぱり。


どっちがついでかといえば、髪を切るほうがついでなんだけれども、ゆうひぱーくで神楽をば。神楽あるよ、っていわれたのでホイホイ。

当然のことながら知らない方ばかりですが、おとうさんと、お父さんと(まぎらわしい)、ひさしぶりにお話しできてハッピーでありました。ひさしぶりといっても、ひと月ぶりですが。これから当分毎週のように会っちゃうぞーふひひ


まあそれはいいとして。
市職で「八幡」「天神」「恵比須」「大蛇」。
そういえばあんまり市職の神楽って見たことないのかも。「恵比須」のイメージしかないや。


それぞれの演目の話は、師匠にいろいろ聞きたいことがあるのでそれからにしまして、今日率直に面白いなーと思ったのが、この同好会の存在そのものがなかなか興味深いなというのと、やっぱり土地そのものが面白いなと、改めて思ったのであります。


同好会は、話を聞く限りお手伝いしてる方もおられるようですが、基本職員の方たちで構成されているわけなので、オトナ集団による団体ですね。
ここに憧れて、神楽マンになりました、という人たちが集まっているタイプの団体でもなさそう。
それぞれ所属社中がある、社中横断型。

で、えーっと、西と東だったかな?で道行?とかも違うし、社中ごとに個性もある、そんな言ってしまえばゴリゴリ個性の"寄せ集め"な団体なわけですが。
そこまでして団体をひとつ作っちゃう、しかも50年近く続けちゃうって、すごいなあと思うのです。
いろいろ、観光PR関係の兼ね合いというか、必要性もあってのことみたいな話もちょろっと聞いた覚えもいたしますが、それにしたって、別に浜田社中もあるわけだし…

というか、そういった地元の公務員による伝統芸能の同好会とか団体は、多分全国のどこかしらにはあると思うのですが、団体の構成員それぞれに母体とな所属社中があったり、普通の神楽社中と同等に共演大会系に出たり公演したりしているのは、そうそう無いと思います。
そこまでしちゃうの?という。


でもなんというか、それぞれが、それぞれの社中で受け継いでいる舞や楽があって、どれが正解とかそういうものではないので、うまーく皆が折り合いをつけながら、バランスよーくされている印象を受けたのでした。
ゴリゴリ個性の集まりだけど、それぞれがゴリゴリ個性を主張しないというか。
我を主張しないというか。
悪目立ちしないというか。
よくわからないんですけれども。

大変ではありそうだけれども。

興味深いです。



あと、なんかね、すごい今更なんですが、パパたちが進んでお子さまを連れていくエンターテイメントなんですね。それって、スゴいよね。今更ながら感動。

お母さんがあちこち連れていってあげるのはわかるんだけど、お父さんが、なのよね。

でも、なんとなくなのだけれど…
お母さんもそうかもですが、お父さんたちが連れて歩いて、一緒になって夢中で見ている子は、この土地、文化への視座というか、うーん…素直に、愛しているような気がするのです。
そう信じたいともいう。

帰る帰らない問題が深刻な人と向き合ってみると、地元コンプレックスの出どころって、親とか、身近なオトナであったりする。
これは、ほんとに。


なんというか、出ていくことは、その人の人生の大切な選択なので、良い悪いで判断することはできません。学業のこと、就職のこと、夢、いろいろあるだろうから。
でも、コンプレックスに感じて、出ていくのは悲しいから嫌だなあと思うのです。
自分の生まれ育った土地。ルーツとなる土地。
その土地が重ねてきた歴史のなかで、自分が生まれ育った時間なんて、1ミリにも及ばない。本当になにもない土地なんて、ない。人が生活を営んできた土地ならなおさらのこと。
自分を育んだ土地を、愛せずに出ていくのは、悲しいことです。

愛し方を伝えられるのは、一番近いところにいる周りのオトナだと思うのです。


ぬぬぬ…話がどこへいくのかわからなくなってしまった


神楽っぽいものをしているひとに、悪いひとはいるだろうけど、本当に神楽を愛しているひとに悪いひとはいないと思います。なーんて。

ハライタ

いででで
ちょっとハライタひどいので少しおやすみ中。
痛くて眠れないけど痛くて動けない。

わたし、チキンであります。
アホなんで、怒鳴られるのは不快なりにまあ耐性がありますが、記憶のあるなかでは自分は怒鳴ったことがありません。モノにも当たらないかなあ。大きな音が出ると自分がビビるので。

それなのに、この三日ほど、夢の中でガーガー怒鳴っていて、なんかやたら疲れましたわー。騒ぐのってエネルギー使うねー。はあ
覚えてないけどなんか怒鳴り散らしてるんだよなあ。
寝言でわめいてたら、近所迷惑的な意味で、どうしようって起きた瞬間思うレベル。
しかも、湘南育ち、本気出すと言葉遣いが汚い。
あらヤダどうしちゃったかしら。
今朝はハラ痛すぎて目が覚めた。

あーほんとどうしちゃったかしら。いけんわー。



えーっと、まあそれはいいとして。


師匠の話を聞いたり、パラパラ調べ物したりしていて、いろいろ改めて気付いたことがあったりして、親分イイっすかって聞いたら、ならぬ、とのお答えでしたのでもう少し時期を見て、書くつもりなんだけれども。

やるからには徹底的に調べてからにしないとね。

無知のホラ吹きほど馬鹿なことはない。

やっぱり、明治期の動きは注視すべきだなってこと。江戸辺りの資料を探すのも大事だけど、明治期の祭りの記録を探すともっと石見における神楽の様相が見えてくるはずなんだよな。

あれだけでかい真宗がたくさん残ってることもそうだし、花祭地域並の廃仏毀釈の話は聞かないけど、あの辺りの時代の動きは、異様であったはず。

あー腹痛い。マジ痛い

えーとなんだっけな

あ、あと謡曲から来た演目をもっと深めないと。
成立時期を推測するには、祭りの次第を見ないとわからんし、それは今したいわけではないけど。
気になっているのは、間狂言が入る演目。
チャリは、間狂言だと思うんよね。緩衝材。

全国の神楽に見られる、ひょっとこおかめとか、ああいう系、夫婦和合系は、あれは田楽かなんか由来だと思うけど、石見神楽の演目で、ひとつの演目のなかで「話す」チャリについては、間狂言が影響を与えていると思っていて。その検証。

「八十神」は、…あれはよくわからん。難しい
だから、あれだけを徹底的に調べても面白いんじゃないかなって思っていたりします。

単純にオオクニヌシの賛美であるなら、兄まあ弟まあのながーいやり取りは要りませんからね。ベーシックな筋立てでいい。
神が出てきてワーってして、悪い方が出てきてワーってして、ワーワー、立ち合いでワー舞い上げーでいい。

面も、神職の時代、木彫り面の時からあの顔だし。

むむむむむ。

時間と脳みそが足りんなあ。


はらいたー。