読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

西の亀さん東の亀さん

どっちも亀さん。

急遽連絡あり、今晩はかめおさんちの春季例祭へトコトコ。
ぐー寒かったー
思いがけず薄着でしたのでさぶくて今眠い。ちかれたー

さださんがあんなだから、逆にそのおかげでかめおさんはフリーダムに村のお祭りでいられるのかなあと思ったりします。ゆるゆるな感じがいい。

お父ちゃんにも会えてハッピー
次は秋だな。そろそろ名前と連絡先を伺いたい気もする。逆ナンパ?いやん
お父ちゃんのつくったお蕎麦がまた食べたいなあ。


とりあえずメモ。
多分なにか一演目やって、「日本武」「三奸」「八重垣」。これで3時間くらい?
「悪切り」はしてないみたいな話を誰かしてたかな。「八重垣」で最後スサノオがやるけど、意味合い的には秋のほうが重要度高い気がする。

今日は、場外乱闘を何回もする絶好調さで、人が多いからハッスルしてるっていってた。
まー、そういうもんだよなあ。そこがやっぱりスタート地点だよなあー。


いろいろ頭を整理してからまた書こっと。


お父ちゃんのお蕎麦食べたいなあ。


今週末の西の亀さんまで頑張らなきゃ。

私信と私心

ドキドキはじめての免許更新!わっしょい!
なんと前の写真より若返って、ちとご機嫌。いいカメラですねー。
坊っちゃんとか、かと思いきやおばさんとか、散々失礼なこと言われまくってるけど実はこっちのが若げに見えるのかしら。むむ。どういう髪型がいいのかなー。

頭と言葉をまとめるのがトロすぎて、返信とブログがこなせませんので、ひとまとめにさせていただきたく。こりゃまた失礼。



まず、私と島根の関係的なのを含めていえば、「神楽が好きでIターン」との認識で問題はなく。
最近は特にこれで、イコール 私、という感じが周辺にできつつありますので、ちょっと身バレ警報。

神楽好きが高じて石見へ移住の話は、顕著なのは温泉津の辺りでしょう。言及された某氏を巻き込んで、最近はいろいろと動きもあります。
これの原稿がでたときは、私は就職終わって卒論のフィールドワークの最中。裏話もあるけど裏なので。

懐かしいなー。師匠に、お世話してください!ってお願いしてから本当にいろんな方にお世話になったなー。
ま、いまもだけど。


そういう自己紹介を一般にしていると誤解を生むといったところで、それが「神楽」なのか「石見神楽」なのかの違いなだけで、あながち嘘でもないことだし、誤解されたところで誰が困るのでしょう。誤解した人?私?その他のそういう人?

石見神楽が宣伝として利用する、というのがよくわかりませんが、したければすればよいのだと思います。神楽が宣伝するんじゃなくて、あくまでその周辺の人たちですが。

どうであれ、そういう生き方、好きなものがあるから好きな場所で生きる、それが島根だった、というロールモデルのひとつであればいい。そういった文脈で、私自身は利用されているし、それを許容しています。

少なくとも、ある誰かにとっては、それほどまでに、石見神楽が価値のあるものであることにはかわらない。

あえてこのタイミングで、私は石見神楽より島根ゴーゴーが先、と申し上げた理由は、私という人間を分析なさっているんだと思いますが、違うから違うといったほうが優しいかなと思っただけのことでした。



神楽と女性について。

これが一番いいたかったのですが。
そもそもが、神楽って「男性の」芸能なのですよね。
能楽も同じ。歌舞伎は、もともとは阿国のかぶき踊りに始まって当初の担い手は女性で、それが卑猥だなんだっていって若衆歌舞伎、野郎歌舞伎となっていまに至った経緯があります。白拍子とかもあることを考えるに、「踊り」は女性が主だっていたのかもしれない。日舞とか?
あーでも鹿踊りは男性だったなあ。田楽踊りはどっちが多いんかな。早乙女が女性で囃子は男性?

話ずれた。

能楽や、神楽…全国的にほぼ当てはまると考えられる、芸能は、むかしっから、男性。
だから、「巫女神楽」というのはそれ以外の里神楽と明確に区別されています。

なぜなら、宗教に関わることを、男性が担ってきたから。多分、大陸伝来の儒教とかあの辺りが入ってきて以降でしょう。
現在の日本において、宗教世界のなかで女性が優位なのは、琉球文化圏ではないでしょうか。
ヤマト文化圏では、男性。
巫女だって、巫女よりも神職のほうが上。

話は戻って、多少の例外もあるとしても、宗教者であり芸能の担い手であった修験山伏が、土着の神職となり、中心となって神事と合わせて執り行ってきたものを、明治期に軒並み農民へくだした。
農民というのは、おもに青年たち。

高千穂だったかな?今でこそ炊きだしとか裏方を女性がやって祭りを支えているものの、本来は男性がそういった支度も全てひっくるめてやっていたはず。
あとは、どこだったか、実は土地に根付くといっても昔神楽を見ることができたのは、ある程度寄進?お金を奉じた家の家長のみであった、とかそういうのがあったと思います。

ということは、本来「神楽」という場に女性は不要だったのかもしれない。
大陸伝来の思想が強い時代はなおさらに。


男女が仲良く集って楽しむには、歌垣とか盆踊的なのとか、別の場があったから、神楽はあくまでも神事とか悪魔祓いとかが主目的なので、ほんと、今みたいにみんなで楽しくわいわいは、もっと後世だと思います。江戸末期とかではないかな。


石見神楽に限らず、そしてつい最近に限ったことでもなく、ノボセとか、狂いとかはいる。

花祭には「花狂い」と呼ばれるノボセの女性がおられて、ものっすごく前から花祭の時期には来て、一緒に舞い遊んでおられました。
資料写真とか見てると、かならず写ってるというくらい。あそこまでいくとすごい。
最初は、えーなにあの人ーくらいだったんだろうけど、もうずうっと来られるから、地元の人も、その人がいて当然。一緒に舞っているのを囃したりだとか、自然に受け入れてる感じ。
先生が、あの人はすごいのよって、いってたとおもう。

折に触れて示唆する通り、「石見では」と断定したり限定して論じたりすることは、実は難しい。あらゆる地域で見ることができる事象はそこそこの数あるわけで。
総合的、多角的に、中から外から、見聞き理解して、知り尽くしたときに、はじめて断定ができるんだと思います。

そこまで到達していないものを、知ったふう、あるいは常識であるふうに断定したり、流布したりすることは、結局某大先生とか、先人の困った君たちとなんらかわりありません。

と、思います。


あ、誰に聞いたかな。先生だったかな。
女性の追っかけ、ノボセが増えたのは、社会的要因が少なからずあるのとか、いろいろ要因があるんですよね。社会学的領域に入る感じ。

が、"ちやほや"については、たしかに主語は「メディア」やビジネスとしてみている人でしょう。

まーでも、女の子がいると頑張れる!というのが、神楽以外のところから聞こえてくる声。
そこんところは師匠とかに聞いてみないとわかりませんが。


本音をいえば、逃げるつもりが最初から頭にあるのなら、変に構わなければいいのに。一生懸命生きている神楽にちょっかいかけなければいいのに。と、感じています。



やっぱりすごく時間かかったなあ

鳴いたから

撃たれたね

いただいたコメントがちょっと意図が汲み取れず、まだお返事できてないのですが、いっこ整理がてらに。

わたしの在り方について、どうしてうだうだしてるかといえば、それは単なる自分で自分に定めた決めごとみたいなものをつらつらしてるだけなんですが。


あーねむいわー。、



むかしむかし、恩師が言いました。
ライフワークで調べていくのなら、拠点を持ちなさい。所属すれば見えるものはあるけれど、見えなくなるものもある。
よい距離感を忘れないように。

あるとき、師匠が言いました。(たしか)
あなたはニュートラルでいてください。


ファンといえば、そらファンなんだけれど。
それでも、かめのふ。師匠の弟子。


まあ、かめのふはあだ名だけど。
多分、本名より定着率高い。
今のところ固有名詞なんでしょうか。


わたしにとってかめやまは、
師がいる団体であり
長い長いライフワークの基地でもある。


それにかめやまが受け皿になっていたから、島根三年生になれているといっても過言ではない。
かめやま以外にも就活以来お世話になっている人たくさんだし、そう考えると、師匠以外あんまりよくわからないけど、唯一仕事とかしがらみから切り離された、家みたいな。おかえりーといってくれる場所。

いまさら取り繕いようがないともいう。



私が一番知ってる!なんて、塵ほども思う余地がない。むしろ全然知らない。
どんな約20年だったのか、私は全然知らない。

その前は、特段興味ないから余計に知らない。
昔があっての今といえばそうだけど、ほじくる必要性ない。

ご家族や、いろんなひとが、ずうっと見て応援してこられたんだと思う。そんな人たちもひっくるめて、今のかめやまが好き。

ああ、一番のファン!とも、思わないかな。
なんとなく。ファン、というとね。


一番のかめのふ。

かめのふの名付け親は、お兄さんだけど、
かめのふの師匠は、師匠。時々お父さん。

師匠の言葉をモグモグ咀嚼して、つらつら書き留める。
時々あちこちフラフラと出かけてみては、また師匠の言葉を反芻したり、新しい拾い物をして持って帰ったり。師匠とそれで侃々諤々したり。


拠点があるから安心してフラフラと出かけられる。新しい拾い物をするために、私はかめのふ的ベストな距離感を勝手に追求してるまでのこと。


とりあえずかめやまの皆さんには、ただのファン、というより、かめのふ、と思ってもらえるのが達成目標ではあるけど、結局のところ人がどう呼ぼうが、見ようが、それこそ興味はない。

わたしが、自分がライフワークするために、どう在るべきか。
師匠に話したりしながらつらつら考えているのです。
それだけの話。

自分でもよくわかんないけど。
でもなーんか、好きなアーティストとか、役者さんとかのファンとは違うよなあ。
もっと近いというのはある。

ううーむ。頭が回らんな

雉も鳴かずば

撃たれまい。
それでも、鳴いてしまうは愛するものを想うが故なのでありましょうか。

はてさて会社のまわりでケンケン聞こえる季節がやって来ました。野鳥ウォッチするには最適の職場であります。
まだ越冬隊もちょっといるしね。
オオバンちゃんがいつ見てもぷりちー。


久しぶりに、師匠から教わったことめも。
ストックがかなり増えてきた。むふふ



いっちばんさいしょ、だから、四年前かな。東京社中の方が、所作や採物には意味があってね…みたいな話をしてくださって、ふんふんなるほどと思い心に留めておったのですけれども。
ふと、師匠にそのことについて尋ねたことがあって。

古老や師に、所作について教わることは、一番大切な財産で、師事した証でもある。ま、でも聞いてくれなきゃ語らないよね。
というような話になって、多分、そうやって、石見だけじゃなくいろんな世の中で神楽とか、芸能とか、技とか継いできたんだろうなあとかぼんやり思ったのでした。

根源的には、能楽とか歌舞伎とかと、神楽とか民俗芸能は、継承のしかたとか根にある部分は同じだと思います。
能楽とかって、あるところで時間を止めたというか、限界まで進む時間を遅らせて、昔の姿をとどめていると考えられるから、今では奇異に見える在り方も、いつかの時代はそれが一般的な姿だったわけで。
で、そんな人たちと共通するものがあるってことは、どこかでいつかは重なるんだと思うのです。
ただ神楽、とくに石見地域では、進む時間が能楽とかと反比例な勢いで速かったんだとも思う。でも、掃いて捨てて無くならなかった…気概なのかなあ。なんかふるくさいところもある。
あ、いなかだから?
都市部だったらそれすら難しいのかもなあ。
閉鎖的だから?封建的?


採物の話も面白かったけど、舞わない自分が書くのもなんかなあって感じ。
もう少し自分なりに咀嚼してからにするか。


難しいなあと最近感じるのは、雉も鳴かずば、なところもあるんですよねえ。
撃たれるやもしれない。
撃たれるのは鳴いた自分かもしれないし、想うた相手かもしれない。
でも、鳴かなければ、誰の耳にも心にも届かない。

だったら想うて鳴こうかな。

ううむ。

別に今日はあんまり憂鬱な訳ではないけど、雉の声聞いてからなんとなく考えてしまったのでした。
「雉も鳴かずば…」の昔話が強烈すぎて。
題名までは覚えていないけど有名なのかな?いまだに忘れられないや。



結局のところ、身のうちに神楽が無いから、その土地に生きていないから、舞について私は師匠から聞くことはできないし、でもそれでいいんだと思っていて。
それは、私じゃないどなたかがされたらいいこと。
なんでかっていえば、師匠が師から習い覚えたことや、古老から継いだ想いとかを正しく受け継ぐには、むしろそうでなければいけないと思うから。所詮自分はよそものだから。卑屈とかじゃなく、動かしがたい事実として。

自分はアッシーはできても、てごはできないなあと思うのも、そこらへんに起因するところはあるのです。それでもって、超絶な運動神経の悪さがそれに加わる。
周りがどう思ってるかは知らんけど、自分の考えるかめのふの立ち位置。あくまでも近いとこの周りで全力できゃーきゃーするかめのふ。
でも、ごめんアッシーかも!は言われても、てごぉしてくれえ言われないってことは、許容してもらってるんだろうなあ、とか勝手に解釈。


うーん、でも、実際舞っていたら、素直に聞けなかったりするもんなんでしょうか。
永遠の反抗期というか思春期というか。
そういったあたりが全く想像つかない時点でダメなんよねえ。無いんよねえ。


結局またとりとめ無くなってしまった。

東京公演2017

あーねむねむ。怒濤の弾丸帰省は往復サンライズでありました。しんどいけど案外北千住は飛行機より寝台の方が着いてからが近いし安いし楽かも。
うむ。来年もそうしよう。でもできればもう少しゆっくりしたい。

もーね、なんか今回はずーっと親に拘束されてる感。たまの家族サービスだからいいんだけど、ずっとは疲れるなー。

まあいいとして。

今年も石見神楽の東京公演へ。石見神楽亀山社中を体感しに。
とかいって月始めにいったし、月末にもいくんだけど。石見にて。きゃっ。

一部は「胴の口」にはじまって、「黒塚」「大蛇」「天神」「恵比須」「頼政」。

はじめての人も結構おられたからなのか、それともリピーターがいるのか、客席が去年とまた違う空気感で興味深かった。 


さくさくっとね。
「胴の口」
高校生組がメイン。本当に短縮版で、私が好きなところは軒並みカットされていましたが、でも見せ方の工夫とか、おそらくたくさん練習もされたんだろうなあとか、感じられる美しさでありました。
というか、四人やほかの楽のバランスがちょうどよいのかな。

石見神楽の「胴の口」の好きなところは、大太鼓がたくさんでているんだけれども、いわゆる大太鼓の演奏とは全然違って、汗臭くないというか…凛とした空気をまとっているのが本当に美しくて、心地よい。あれを頑張って打って歌って汗臭くするのは、私個人としてはちょっとやだなって思います。
あーほかの演目でもそういう気持ちがあるのかもなあ。

多分、客席でもそういう今までのイメージと違う石見神楽、太鼓、というのに驚いた人が多そうな印象。わからんけど。

そう思うと、もうちょい前説明が丁寧でもよかったのかもなあ
暗くてパンフレット見えませんからね。
なかなか、時間の関係もあるし忙しないですな。
進行も難しいよなあ。でもあの方の司会は結構好きであります。

はい次。
「黒塚」
とんでもなく短縮濃縮バージョンにて。
あれをやると聞いてから、ずっと、どんなもんが出てくるんでしょう…と思っていましたが、なるほどそういう見せ方で来たか!とおもって、見ながらワクワクでした。
かめのふは、いくら師匠の腰巾着みたいにかめやま周辺をウロチョロしているといっても、基本的に演出云々とか細かい話は、当日に見てビックリ楽しめば良いので聞きません。かめのふ的ベストな距離感。

法印さんはお久しぶりな法印さんで、お久しぶりなあの雰囲気。
……あ、もしかして本来の演目構成の基本ベースになってる形で構成になってるのかな。なんか剛力さんのインパクト強すぎてどんな流れだったのか曖昧。
多分、あの剛力さんはじめましてですが…超面白かった。あの方の雰囲気が超面白かった。

全体的に口上がいつもよりゆっくりはっきりなので、やっぱりとっても聞きやすかったです。
特にチャリは、いってることがわかんないと面白さも半減どころかもっと減でありますから。その点、面をつける演目はちいと難しいかもですなあ。
というか、普通は聞きなれない単語のオンパレードだし、わからんよなあ。最初のうちわからんかったなあ。

そういえば
旅の衣は鈴懸のーの、鈴懸は山伏の装束のことなのね。

悪狐ちゃんが、結袈裟引っかけられてうわーってなったあと、クンクンしてベシベシするとこが好きです。狐なのに猫っぽい。

石見であのバージョンやってもウケないのは目に見えていますが、県外でやるならあれいいなーもう一度みたいなーと思ったのでした。


「大蛇」
やっぱり8頭だてはおおおおーとなります。
大きいホールの時に限っていえば、お目々ピッカリくんな大蛇さんも迫力あっていいかもなーと思いますが、かめやまの大蛇さんたちは、ピッカリしないけどそれぞれ顔がとっても個性があるのでよいです。色は似てるけどなんとなく見分けがつく気がする…?
どうしても火を吹けないのが残念であります。

あと安定の、お嫁ちゃん家族を見守る婿感がたまらん。石見のスサノオは、あの感じが大好きであります。
あーお嫁ちゃん大きくなったなあ。しみじみ


えーと次。
「天神」は安定のよさ。うむうむ。
なんで時平が真っ赤な頭なのか、聞いたことあったけど忘れてしまった。ううーむ。能や歌舞伎で赤のガッソというか、かつら?つけるときは、獣が多い印象。「猩々」とか「連獅子」とか。
鬼というニュアンスの強調なのかな。
ふと、昨日見ながら、この場合は、底無しの権威欲というか、欲望というかに時平が喰われてしまって、人間性を捨ててしまった象徴でもあるのかなーとか思ったのでした。
本人はそれを「鬼」と呼んだ。

石見のスタンダードは、平ガッソなのかな?
でもあれは兄ぎし弟ぎしもつけてるし、神もつける神がいるし、どっちかというと「鬼"神"」であったりとか、人間性を感じるかも。
とか、妄想したりして。妄想妄想。

県外の人向けでおおいですが、肩切りの衣装があらわれるたびにふわああという驚きの声がどっかしらから聞こえてくると、いつもそうよねそうよね!と思います。
最初のうちは、いつ変わったのかもよくわかんなかったし。
なんで変わるのかもよくわかんなかったし。

ああいう形にしてみよう!と最初に思い付いた人は偉大だな。


で、東京社中さんの「恵比須」。
母的に、あの撒き餌のセレクトが気になるらしい。そんなん私に聞かれても知らんがな。
2階は今年も難しかったのかな。お猿も行かれんしね。2階席はなかなか、難しいかもですな。

えべっさん人気はやはりかたいな。


最後は「頼政」。
やっぱりすきだなー。

お猿でかいなー。それぞれがなんかしら面白いことしてるから目が忙しい。やっぱりいまのモフモフフォルムが一番キュートでいいですね。

大量のくもが空からプシャーをはじめ見たときはギョギョギョでしたが、ホールとか奇をてらうとかのときはやっぱりウケがすごいですね。文字どおりどよめく。
必要性についても最近になって気がついた次第。

鵺の頭モフモフがうちのにゃんこさんのしっぽを彷彿とさせます。モッフモフやー。


まーいつもの通り安定の参考のならなさではありますが。こんな脳内で見ていた次第であります。

いつになく暗い客席なのと、県外向けの仕様なのとで、それはそれで空間に溶け込めて良かったかな。気が付いたら、手を握りしめて、食い入るように見ている。
ただ、いつもよりお腹一杯感も強くて、これが毎回だとちょっと疲れちゃうかもなとも思ったりして。
じゃあいつもと何が違うのか、いまいち言語化できないのでありますが。


今回は様々あって、一部のみで泣く泣く退散。
人多すぎて、流れ行くままに外に押し出されちゃったけど、また月末に会うしいいかと思うことにした。

あんまりご挨拶とかできんだったなー。
いつもそんなにまめなのかといえば、う…うーん…

でも、東京で、自分の好きな人たちに会えるのは不思議な感じでもあり嬉しくもあり。


18年も公演予定だそうで。
亀山なら当然いく。
同じ社中が毎年行くことに思うことのある方もおられるのが耳には入ってきますけれども、うーん…むしろ他に名乗りをあげるのがいるのかとも思ったり。

「天蓋」とかみたいけど、天井高すぎて無理かな?


うだうだ。おしまい

種を蒔く人

さあ、今週末、4月の第三土曜日は石見神楽の東京公演ですね。

不思議なことに年間を通してそれで検索してこられる方がおられるようで、それだけ関心のある方が一定数おられるんだろうなあと思ったりして。

なんか参考にならんようなことばかり垂れ流していて申し訳ない感じですが。まあ愛だけはある。

もちろん、行きますとも。かめのふだもの。
というか、仕事かかめのふかじゃないと帰らないですからね。もし亀山が行かなくなったらどうするんですかね。


いろいろとおっしゃる人もおられますけれども、そもそも何故亀山なのかといえば、それは実行委員さんの強い想い故なのでしょうが、それにしたって、助成をとらずに毎年公演することがどれだけ大変かと。
社中の想いとか、どういう状況?で行っておられるのかを多少なり知っているだけに、自分としては行くことで、あるいは周知することで、ほんの少しだけ応援できたらなあと思う次第なのです。
ただ、行政は自分たち噛んでないからPRもなんとなくあんまり乗り気じゃないよね。ううーむ。
石見とか、神楽とか、その他とか、PRするいい機会なのにね。

観光資源にするにしろなんにしろ、よそ者に知ってもらわなきゃそもそも始まりませんと思うのですが。

まあまあ、いいや。


ただ、よそ者も心にとどめておくべきは、
石見神楽亀山社中を見れば、石見神楽を知ったことになるとはいえない。
もっと神楽は複雑で深遠。
当然、大元神楽見たからって石見神楽を知ったことにもならない。
いろんな顔を持っている。
亀山はその顔の一面でしかない。
そのなかでも「神楽」でありながらどこまでいけるんだろうって、綱渡りをしてる顔。

まあ、いろいろ思うことのある人もおられましょうけどね。
いちいち説明するのもなんか違うしな。


はあ、神楽ってこんなこともできるんだなあ
こんな神楽もあるんだなあ、っていう楽しみかた。

そもそも石見にはいろんな個性のある神楽があるから、亀山がすべてではないし、自分の好みに合う神楽がきっとあるんだと思います。
誰かの好みに合ってるから、たくさん団体があるんだろうし。

誰も求めなくなったら、消えるしかない。


師匠は、
自分らぁは巡業なんよ。石見に、本場所に来てもらうために、知ってもらいたいから行くんよ。だから、どっちかというと営業用。
みたいなことをいつも言っておられて、相撲はよくわからんけど、ははあなるほどーと思っていつも聞いてるんですけれども。

私がそれを自分の言葉でいうとするなら、
彼らは"種を蒔く人"なのだと思うのです。

受け取り手、つまり種の落ちる場所によって、それは毒麦にも大木にもなるんだろうけれど。むっかしから思うけど毒麦ってなんやねん。まあいいや。

石見神楽という種を蒔く。

そもそも蒔かなければ芽を出すこともないし、実をつけることもない。一粒だけ蒔いても、それが芽を出すとは限らない。一度っきり蒔いても、それも芽が出るとは限らない。

たくさん、継続的に蒔いていれば、きっと、ほんの少しだったとしても芽が出て青々と葉を伸ばすかもしれない。

ほんの数人だけでも、石見へ来て祭りを体感してくれるかもしれない。石見という土地を愛してくれるかもしれない。


師匠にとって、私自身がその若葉のひとつと思ってもらえたらいいなあ、といったらおこがましいけれども。
でも、東京公演が、石見神楽をライフワークで見たい、フィールドにしたいと思ったきっかけであるのは間違いないのです。

伝統あるところには、みんな行くけれど。
ちょっと違うんだよなあ。ううん。

また酔っぱらって何いってるかわからなくなってきた。そんな寝台特急

時速40キロ

いまスマホをいじっていて気付いたけれど、中指の爪を切り忘れている。あれまあ

落ち着いたし薬ひとまずやめようと思って昨晩飲まずに寝たら、寝付けないわ何度も目が覚めるわ散々だったのでまた飲んでしまったよ。あーねむねむ。あたまいたー

今日は一日なんだかどこへいっても前の車が40キロで走ってる日でした。あーあ。たまにあるのよねー。
きっと外回り仕事あるある。



温故知新。

故きを温ねて新しきを知る。


言うのは易し。


古きを知り、尊ぶのは大切なことで、それは文献だけではある一面しか知り得なくて、古老の言葉とか、土地の記憶とか、あらゆる面、パーツパーツを組み合わせながら、思いを馳せること。過去だから、想像しながらなことも多い。
そのなかで、「古きを継いでいる」存在がどれだけ貴重であろうかと。
だから、あの手この手、良いんだか悪いんだかいろんな方法で保存、時を止めてしまおうと、ずうっとしてきた。

ふと立ち止まったとき、あるいは迷子になったとき、道しるべにはなる。

でも我々が意識をして思いめぐらさなければならないのは、それがいつから"古い" "伝統"と呼ばれるものになったのだろうか、ということなのかなとも、思うのです。

それは後世の人が判断したことであって、もともとはその時代その時代で流行ってきたこと、面白かったこと、あらゆる"最新"であったはず。
それがいつしか、失速したのか、世界が速すぎたのか、あるいは止まってしまったのか、古いものとなった。

もちろん残っている、伝えている、継いでいる、それはものすごいエネルギーを使うこと。偉大だなあと思うし、ありがとうって思う。素直に。だから、敬意を払うし、尊敬する。
ただし、胡座をかいていいかは、それは違う話。


むかーしむかし、
衣装も、面も、見せ方も。
ああなんてイケてるんだろう。ああ真似したい。どうせならもっとかっこよく。もっと、もっと。そういう気持ちが、本当はあったと思うの。自分達ができる範囲、調達できるもので、どうしたらいいんだろう?って考えていたと思うの。

それがいつしか、気がついたら古式になっていた。

どこで止まってしまったのかは、よくわからないよ。
きっと主に昭和あたりなんだろうと思うけど。



知り得ないから、思いを馳せる。
いろんなパーツを拾い集めて、たずね求める。
真実とか、答えとかじゃなくて、なんかもっと小さくてはっきりしない感じ。主観の寄せ集めみたいな。

それをごっくんと呑み込んで、なんか新しいものがまた出てくる。
感覚とか、知識とか、思いとか。

それがまたながーいながーい目で見たら、文化となっていく。いろんな人の吐き出した新しいものがまた、寄せ集まって大きく大きくなって、文化となっていく。


そのなかには、ちょっと思ったのと違って一発屋的な感じとか、物理的とか何らかの事情で分断されたりとか、するものらもあるんだと思う。あるもんなんだと思う。
でもそれらもまた、いつか誰かが、気がついて拾うかもしれない。


私の考える温故知新。
絵で描いた方がイメージわきそうだけど、なんたって絵心ない。

理念とするかめやまは、師匠は、どういうふうにその言葉を考えておられるのか、いつか聞いてみたいであります。


ともあれ、多分、いままでは、そのサイクルがゆっくりゆっくりだったんじゃないかな。時速40キロかそれ以下。

それが、気がつけば今は超加速していて、常に首都高を走っているような。
でも、気を付けて。
スピードの出しすぎは事故のもとだから。
煽ったらダメだから。
なにより、気が短くなるというか、セカセカセカセカして他者に優しくなれなくなっちゃうから。

時速40キロで、春の風を感じながら、景色を楽しみながら走るくらいが本当は良いのかもね。


と、思うけど、打ち合わせに遅れるからほどよい速さでというか、せめてやたらブレーキ踏まずにコンスタントに走ってほしいぞ。


朦朧。何いってるかよくわかんないな。からだがだんだん重くなってきた。