舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

あっぷでーーーーと

はい、なにもしてませーん。生きてるだけでーす。
正規雇用になれば幸せになれるかと思いきや、まあー全然そんなことないない。

今の環境だったら、松江の会社の方がなんぼかマシかもしれないとか思ったりして。仕事は好きだったし。
残業によっては、3年目の時のお給料より高いときがありますけど。

師匠がいて亀山が近くてにゃんこがいるから頑張りますけどね。

土日は自炊と神楽以外には使わないことにしようかしら。というか、人との約束いれんようにしよ。そうしよそうしよ

宿題でてるのになかなか捗らなくてやれません。
にゃんこも妨害活動してくるし。

どうでもいいですけど、にゃんこを毎晩毎朝腕枕してあげてるので左手首が腱鞘炎になりそうです。支えてないとベッドから転げ落ちるので。ほんとに猫なのかな。



今日はいろいろありましたけど、千代田へ「貴船」でどんぶらこっこ

別に頼まれたわけではないけど、小さいお子さまと一緒にいたので、ほとんど師匠の背中と時々チョロチョロしか見られてませんが。
ハッスルしすぎて度々お父さんに怒られるお子さまと私。
いうて、子どもが得意なわけではないのですけども。かわいい子はかわいいという感覚は芽生えてきたような気がする?多分?


ほいで、今日から貴重品係も心なしかアップデートしまして、今まで面をいれている袋を拝借していたところ、マイ貴重品袋持参。
100円ショップで買ったのでダウングレードはしてますけど。
でも今日思ったけど、マチ付きの袋の方が便利な気もした。うむ……要研究。

そうしたら、師匠がわりとヒドめの怪我してひええとなったので、次からは救護セットも持ち歩こうかと思ったりして。
血は全然平気だけど、他人に何かしてあげるときの力加減がわからないので、あわわー

絆創膏と脱脂綿と、ありがちなのはツバリ?だっけ?トゲ刺さる系だろうから、毛抜き?
あと何?胃薬鎮痛剤?
包帯とかテーピングは巻けません。適当にぐるぐるしてネットとかあれ系で茶を濁すタイプ。


かめのふin浜田で一年くらいなろうかというとこですが、やっとこさアップデートする気持ちになるくらいの余裕が出てきたのは良かったかもですね。懐的にね。

やっぱりショルダーよりリュックがいいかなあー

思考停止

ああ、待ちに待った連休もこれで終わりだなんてなんということでしょう。何してたんだったかな。

一日車検、一日仕事、一日神楽からのー吉賀まわり、一日というか半日温泉津、一日松江……え、ええーと?あ、昨日は美都温泉行きましたよ。心のオアシス湯谷温泉が休業中だそうでしたので。これで半分くらい?
残り半分何してたんだ?
二日くらい家から出なかった日があったような…?

高校卒業してからはじめてこんなに連休でしたけど、世の中はたのしそーな人たちでいっぱいだし、暇を漫然と潰すには長すぎるし、かといって長すぎるから何かする気にもならないし。
あんまよくないわね。うん

去年までは、飢えた獣のごとく神楽行ってた気がしますけど、今年は結局かめやまとお祭りちょこっとだけでした。
あ、でも昨日たかつさんの「妖怪蜘蛛」つまみ食いした。上から見るのはなかなか、シュールでおもしろい。


怠惰な理由というか、言い訳すれば、甘えん坊にゃんこがトイレ行って風呂入るだけで、今生の別れみたいな鳴き方するものでして。
これが彼氏のいる生活か……

ねこだから可愛いけど、人間だったらウザったくてかなわん。

神楽とねこだけでいっぱいいっぱいです、わたし。


松江では、あれこれ買い物したかったけど、本命はもう棚外れ?していて買えず、他にも見てたけど、よく考えたらほとんど浜田と益田で済むやんかと思って、疲れたばっかり。
でもタイヤ屋さんと、お醤油屋さんと、お茶屋さんは、その点オンリーワンなのかな。そのために行く。できればまとめて済ませたいけど。
みんなそれぞれ、どうぞどうぞっていろいろくれる。

3年くらい?色違いを買いそろえて履いていた靴があったけど、なくなっちゃってそれがとても残念。

私が広島へ買いものに行かないのは、市内に出るのが怖いのもあるけど、単純にお店を知らないからです。あと出雲も人がアホみたいに多かったからやだ。今は減ったのかな?
でも、わざわざ買いもののために出向きたいお店って、大体益田行けばある。


あとは何してたかなあー

なんか、温泉津辺りからかしら、ご飯食べるとお腹が痛い感じがしたりして。冷えなんじゃないかとは思うけども。
あと、なんかすごく疲れやすい気がする。一日何もしてなくても夜普通に眠れるのは、今まで考えられなかったこと。
なんなら昼寝して、でも普通に眠れちゃう。
アンビリーバボーや

神楽のとき疲れるのは今までより何となくそれっぽく動いてるからなんですけども、その半分も動いてないのに体が疲れてる感じで気持ちもだるくて。
体が重たい。体重は測ってないけど多分太ってはいないかんじ。まあ、うどんばっかだし。
…ん?それが原因?

なんかおかしいなあー。



久しぶりに、おししょーからまた宿題が出て、パソコンにらめっこしたけど、なんか前より思うように言葉も出てこない。
こんな感じ、というイメージは沸いてるんだけど、ピタリと当てはまる言葉が出てこない。

こりゃ本を読まんとダメですな。

でも本を読む体力気力がない…

こうやって退化していくんですよ。

改元前後

こういうときくらいはテレビつけよかな、と思いながら、思っただけでなにもしなかったので、テレビは見ていませんが。

平成最後の日、4月30日は、温泉津で神楽でしたので、かめやまトラックに積まれてどんぶらこっこ
昨日はみんななんか優しかったな。平成最後だから?いやいや、いつも優しくしていただいてるんですけどね。

ただ、温泉津のお宮の立地と演目の関係上、荷運び手伝うだけでゼハゼハ。

温泉津はギリギリまで並んでおくようで、いつもはあーたいぎいってなるので、なんとなく邪魔になりつつお手伝いしながら時間潰していたけど、なんかいちいちうるさいおじさんがいたり、外の人からなんなのあの女?みたいに思われたら嫌だなとか勝手に被害妄想膨らませたりして、1時間前くらいから大人しく並ぶことに。
おにぎり1個もらっておけばよかったなーと思いなつつ、柿木の道の駅で買ったかき餅?を無心にボリボリ。んまい
トイレと帰りの道中が心配で飲めやしない。

かき餅?だったか、薄い餅を揚げたやつ、日原とか六日市とか、なんか鹿足郡側に行かないとなかなかないけど好き。あ、そういえば山口行ったときも買ったな。甘いやつより塩味がお好みであります。おせんべい感覚。


今日は前説の時間長いから言っちゃるでーと言っとられましたが、平成最後、を連呼しとられたのが面白かった。

やっぱり、紗?の狩衣ええのー

連休中は、値上げもしましたが時間も延びて2時間だったので「頼政」「恵比須」「天神」「大蛇」

ふとおもったけど、ゆっぱとちがって「岩戸」「道返し」は難しいですね。人も多いし。

個人的には観光客多いし、べたべたのベタに「塵輪」とか「八幡」とか、鬼ええんちゃう?と思っていましたけど、花火は使えないらしい。うーむ…やっぱり、あのプシャーッが良いですからねえ。
鍾馗」もええがな思いましたけど、観光客向けではない、といわれて、それは確かに。
あと、2時間4演目で舞うんなら、わざわざ「鍾馗」を無理にやることはないですな。
今年は祭りで見られるといいなー


いろいろ気がついたり、思ったりすることはあったのですけど、ほぼ立ちっぱなしで首肩こってしんどかったですけど、見ることに集中できて良かった。
ゆっぱは、知り合いいたから、一応気にしていたので。

逆に、見ることに集中できないと、いろいろ気がついたりするのも難しい。

あとやっぱり、普段聞きなれている「亀山の舞」「亀山の音」があるんだなって思いましたですよ。

きっとこれが洗練されて「亀山の型」になっていくのかな。

私の考える洗練とか、「型」って、どう表現したらいいのか難しいんですけど…その人の「におい」に似てるのかなって最近は思ったりします。

香水とかじゃなくて、その人そのものから香り立つにおい。
同じ洗剤、同じシャンプー、同じボディソープ使っても、同じ食べ物食べていても、なんか違う。ふわっと香ったときに、あ、あの人のにおいだ、ってわかる。

香水で、いくらでも誤魔化せるけど、大体において良いことにはならないし、つける方はだんだん足りない気がしてもっと香水つけるから、周りはオエエって拒否反応なる。
ちなみにそれがいまの私の職場環境です。オエエ

清潔感があって、でも、その人だってわかる感じ。そういう人はなんとなく印象がいい。

逆に、なんかこの人合わんな、っていうにおいもある。

仕事とか、そういう組織のなかにおいては、いいにおいだからってフガフガ嗅ぐのは無しだし。不審者だし。セクハラだし。なんなら通報されるし。逆に、臭くても上司だったりお客さんだったりしたらどうにもならんし。

でも神楽においての「型」というにおいは、ある程度、好みで選択することはできる。
地縁で縛られたところもあるけど…ある意味それもにおいの構成要素ではあると思うし。

ここのにおい、変わってしまったわ、といって、離れることもある。


話ずれた。なんの話してたっけ?



あ、まあそんなこんなで、東京公演が楽しみですね、ってことで。

でもそういうのも好きだけど、やっぱり、ちょっとした土日の、スタメンの神楽が、一番私的には身に馴染んだかめやまだから好き。

そういう意味で練習が一番好きかもな。好きというか、落ち着くというか。温かい番茶的な?


で、ゼハゼハしながらまた荷積み手伝って、トラックに積まれてトコトコしてる間に、新しい元号になりましたとさ。

かめやまでおわり、かめやまとともにはじまった新時代とな。

別にたいして感傷とか感慨とかないのだけれど、ひとりぽっちじゃあなかったし、しかも、師匠とかかめやまと一緒に、ひとつの区切りの時間いられたのが、嬉しかったなあ。


ほいで今日は、留守番で拗ねてたにゃんことラブラブして一日終わり。まーなんと、この調子だと社会復帰できるんか心配だわ

回帰

最近、なぜかめのふレポがあまりないのか、ということなんですけれども。

毎日ひどく疲れて、書く気力がなかったり、にゃんこが愛飢え夫のかまってちゃんなこともあったりするんですが。

ここのところ、ホールとかで、大人数舞が多くて、でも、人が少なくて、というような事情で、ねこの手も借りたい、と師匠にいわれて、私はかめですけど、まあ連れていってもらえるしチケット買えてないしで裏方のお手伝いが多いのであります。

それはそれで、楽しい。

で、昨日は、はじめて貴重品係プラスアルファ以外の裏方として、競演に赴いたのですけれど。

開会式のあと「塩祓」見てるときはフムフム楽しく見てたのに、だんだん、ご機嫌が乱高下していくので、自分でもなんかなーなんでかなーまあ体調も良くないしなーって思いながら、下がる下がる。
終わった頃には上昇不可能なくらいテンション下がっていたので、珍しく単独行動なのをいいことにそそくさ退散。

しかも、教わったとおり右いって左いって順調に高速入ったと思いきや、うっかり山口方面に出てしまって、松江へ行くつもりだったけど、気分萎えまくったので諦めて六日市から吉賀抜けて大回りで浜田に帰ることに。

テンション下がりすぎてベソかきながら、なんでやろ、思ってたけど、そういえばここのところ、一緒にいるけど「見た」感覚が、全然ないやって、気がついたのです。

ゆっぱは、見たけど。


昨日なんかは、はじめての「五神」だったし、衣裳のお披露目だったし、練習もずっといたから、大変なの知っていたから、だからこそ、私は、見たかったんだって。

たぶん、あの会場で、一番、かめやまの「五神」を見たくて、楽しみにしていたのに、一番見られなかった。
ここのシーン見てた?と聞かれても、どうひっくり返って無理しても、見てない、としか答えられなかったのが、すごく残念で、悲しかった。

もちろん、映像は見ていたし、裏に張り付いてたし、音も聞いてたけど、分刻みの状況判断としてしか見聞きしてないから、「見た」にならない。

むしろものすごく集中してるんだけど、私のなかで「見た」カウントになってない。


つまるとこ、好きは好きでも、どんだけ金魚のふんみたいにくっついてても、やりたいほうには、気持ちがどうやっても向かないのであります。

いつか表舞台に出るための下積み、というモチベーションにならないので、わし見られないやんけ、というモヤモヤになってしまう。


そうはいっても、人が足りないのは仕方ないから、いつも連れていってもらってるし、私で手伝えることは喜んで手伝う所存ですが。
なんだかんだ、楽しいは楽しいし。
あと、思ってたより貴重品係の需要あるっぽい。

でも、気合い入ってるやつであればあるほど、できれば、本番のその間だけは、一番のファンでありたい。今までどおりただのかめのふでいたい。
ワガママだけど。

だって、かめのふだし。
だから、かめのふだし。
社中員じゃないのはそういうことだし。

と、なんか気持ちが回帰したかんじ。

つきましては、皆様におかれましては、万障繰りあわせのうえ、当日お越しいただきたく。
かめの手は本当にやれないときに借りてください。たいして役に立てないので。


ま、とりあえず貴重品係は遠征の恒例になりつつあるし、地味に重いから小ぶりなリュックでも買おうかしら。ナップサックはちょっと恥ずかしいしな。
 


そんなこんなで、神楽みたいんですけどって気持ちで、ちょうど町内が祭りでしたので、かるくお昼寝してから、ワンカップ調達して花もっててこてこお宮まで歩いていくことに。

夜空に囃子が鳴り渡って、寄進旗が上がって、屋台も出ていて、どこか浮わついた空気感があって、花握りしめながら、ああ、地元の祭りに行くってこんな感じなのかな、と。

思った以上に人がたくさんで、もう疲れてたし、じゃあワンカップ飲み終わったら帰りましょうかね、ということにして開けたら、「岩戸」が始まって終わる頃には飲み終わったので、次が子ども神楽だったし、おとなしく退散。
とことこ歩きながら、夜空に響く音にあわせて神楽歌鼻歌して、出掛けの歌が終わる頃には家について、寝る支度して、にゃんこと布団に潜り込んで、小さく聞こえる囃子は子守唄に。

浜田に住むって、こういうことだなって、一年たって改めて思ったのでありました。

本当に価値があるのって、こういうくらしそのものだと思うんだけどな。よそ者から見て、石見の、浜田の宝って、これだと思うんだけどな。神楽のエンターテイメント性は二の次三の次なんだけどな。

神楽をきくみる

新しい環境になったというのに、死亡フラグが折れるどころかバッサバッサ乱立しています。ひえええ
疲れすぎて21時過ぎたら営業終了。練習がちと辛い

実は、ついに念願のにゃんこお迎えしましてね。
CATSのミストフェリーズ似のハンサムボーイなんですけど、超スーパー甘えん坊さんで、家にいる時間の8割はどこかしら触る位置にいます。
夜も知らない間に腕枕で寝ている…ちゃっかり。
かわいいかわいい


師匠とお話ししたことメモ。
神楽というのは、主に聴覚と視覚によって捉えるもの、という話。

言われてみればたしかに「楽」という主に耳から入るものと「舞」という主に目から入るものから成り立っていて、どちらかだけでは神楽は成立し得ない。

「神楽の声を聞くぞ嬉しき」の一節
「神楽の声」というのは奏楽や神楽歌だけじゃなくて、祭りの場に人が集まって、わいわいした声とか音とかも含めて、神さまが、ああ祭りだなあって気持ち、嬉しいなあ、ってなるのでは?と思ったのですけど。
師匠にそれをいって、言われて気がついたのは、
それに加えて、やっぱり「見る」でしょう、と。
集まってきた人たちの楽しそうな顔、舞、今年の新物、そういうのを見て、聞いて、嬉しいなあ、なのでは?と。

たしかに、音だけでは、なんぼ楽しそうでも、自分はちょっと疎外感あるというか、嬉しいなあ、とまではならんかも。逆しかり。
あと「玉の御簾巻き上げて」るってことは、視界をオープンにしてるのかな、と思ったり。

オチは別にないんですけど。

奏楽が聞こえてきて、舞を見に行く。なのよね。
神楽を見に行く、というのは、あんまり正確ではないのかな。


なーんて思ったりしたのでした。

アルファとオメガ

持病ががっつり再燃中。
4年前?より我慢はできるので、社会生活は営んでますけど、痛いもんは痛い。休めないし。
使い倒されたツケが来たのでしょう。

ほんとはね、牛乳石鹸(固形)が一番いいんですよ。傷に染みなくて。ビンボーは我慢して普通の使ってるけどやっぱ痛い。

松江で、きちんと診られる医者がおりませんでしたので、浜田じゃもっとおらんでしょう。

はあーしんど

とんだ最後と最初になりそう。



昨晩は、かめやまが夜神楽の今年度の大トリを飾られまして。

幣頭が前々から「校訂石見神楽台本の最初と最後にする!」とおっしゃっとられて、ほんとに「神楽」と「五神」でしたね。
いろいろ想いもおありで、時間前から前説を始められてかなーり話されてましたけども。

「神楽」は、ああ流石だなあーやっぱり私の好きな「神楽」だなあーと思ったのは、観光向けの公演だからといって、客がわに神を見立てず、あくまでも三宮の神に向かって奉納されたところ。今回は、内幕の龍と七五三を設えて、そう見せに来たか~とむっふむっふしましたわ。

五郎さんはなんか知らんが練習の時より大幅に長くなってビックリしたけどそうはいっても1時間弱は短いわな。
夜明かしの五郎さんが好きだから物足りないけど、短縮ができる、というのは、これから先、夜明かしが減っていくなかで五郎さんが生き残る大切な布石だとも思うのです。その代わり本来の五郎さんはどんどん失われていくことになるでしょう。

でも、あの短縮で口上とか歌とか整えてあるのは、単純な切り貼りとか、よくわからない改編とかではなくて、きちんと要所はおさえつつ、重複するところをうまくまとめて意味の通るようにしてあるのを知っているので、ありゃあええのおーと思ったのでありました。


五郎話はまたおいおい。

啓蟄過ぎた

なんか、知らん間に三月やんけ。はあー早いですなあー
何してたかな…無駄無駄無駄ァアッな雑務たくさんとサイコーに最悪なスメル攻撃に苦しんでいました。

タバコとコーヒー多用による臭いは鼻と喉が痛くなって最終的に頭痛が起きます。気を付けましょう。
一時間せずに鼻と喉がしんだ。
まだそれは原因と結果がわかるんだけど…なんの臭いかわからないし、どう形容したら良いのかわからないし、半径1メートル以内確実にキテるスメルが……辛い。
半日圏内にいると、もしかして自分がその臭いなんじゃないかという気持ちと鼻になるんだけど、休日は感じないからやっぱり違うんだろうな。
でも、鼻はアザラシのように閉じられないし、言えるわけもないし。
つらぽ
I need モフモフ…

という消耗により、気がついたら三月半ば。

沈んでいる間は神楽は一段落で、スタメンの練習を眺めていたり、月末からの連チャンに向けた練習?前準備?を眺めていたり。おしゃべり聞いてるタイムが一番長いけど。
結局のところ、練習のときのほうが集中して舞を見られるかも。

私もぼちぼち本腰あげなきゃあねえ

「五神」の練習は、もともと好きな演目だし、人数多くてくるくるしているのがなんか好きだし、ここのところはまだちょっとユルい感じでくるくるしていたので、なんか楽しいなあーとか思いながら眺めていますが。

人数的な都合により、楽がなくても、見ていて楽が聞こえてきそうな感じ?テンポ?であったり、普段はやらないひとが代打で入ってもある程度息が揃っていたりするのは、「型」のある芸能ならではなのだろうし、それぞれが好きだからかな、と思います。

アドリブではなくて、代打。
舞だけでなくて、その構成そのものに「型」があるから。
経験とかセンスとかによる差はあるだろうけど…、それぞれ"かめやまの"リズムが身のうちにあるし、型も服ではなく骨肉として馴染んでいるんだろうなって。

あと、なんだかんだ、どれだけ長くやってても好きじゃなけりゃ覚えんよなあーというのも実感しています。骨肉にはならない。


でも、「役」というか、某としての味わい深さとかは、またちょっと違うんですよねえ


どちらにせよ、なんぼ見ていても私は鼻歌レベルでもアウトプットはできないので、それはそれで不思議やなと思いますけど。

道の確認の時の、みんながぬるぬるっと合わせて、あーじゃこーじゃしながらちょっと楽しそうだったり、たまに真剣な表情だったりするのを眺めるのがけっこう好き。