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舞ひあそぶ

神楽のこととか、日常のこととか。

能の話とくわえて

能楽あたり

女もすなる へあーあれんじ といふものを身共もしてみむとするなり。

だが、挫折。

オシャレ偏差値低すぎて、動画が速すぎて追い付けないし、そもそも動画で使っている用語が理解できなかった。
くるりんぱってなんじゃ。アタマの中くるりんぱ。
編み込みの仕方からゆっくり教えていただけませんか。


何で急になのかといえば、寝癖対策。
おデートの予定は皆無です。

3月から次の採用活動が解禁になるので、合説とかのイベント参加も増えてくるんですけれども、上司にとりあえず寝癖アタマをどうにかしろといわれたのでした。
たまに鳴門海峡の渦巻きが発生しちゃうみたいでしてね。困りましたね。

めんどくさいから更にバッサリしちゃいたいな~。

まあ、髪切るなら波子に行く必要があるので、どちらにせよ今年のかめのふ解禁するまで切れません。
前期かめのふでは女子力アップ(当社比)を狙って頑張る…かもしれない。運転で崩れる気しかしないので、頑張らない確率も高いですけど。

あー、世の中の女性ってすごいんだなー。
その時間寝ていたいけどなー。いやーすごいなー。



前置きが長くなりました。

今日は、いつも一緒にかめのふする会社のお姉さんと能楽鑑賞へ。
お姉さんは能楽はじめてらしい。ほほう。

楽しめたのかなあ。


ベタというか、鉄板というか。
おめでたいときによく舞われる「羽衣」、仕舞は「高砂」「田村」「松風」、
たたらだよシリーズでなのかな?狂言「太刀奪」、能「小鍛冶」でありました。

比較的ポピュラー揃いなので、多分、全部見たことがあるんじゃないかと思われるけれども、それこそアーカイブをしていないので忘れてしまった。
やっぱり書いておかないとダメねえ。

能楽師狂言師は全員はじめてでありました。
京都方の方々なのかなあ。
いつも見ていたのは、東京方というか…あっちの方々。
なんとなーく、慣れないけど、こっちで見るとしたら京都方のほうが多くなるのでしょうか。

見る機会があるというのが大切かあ。


「羽衣」って、ベーシックな舞なぶん、多分、技量がすごく出るんじゃないかなあ。
どちらかというと「静」の舞なので、余計かも。

そういえば師匠も「鍾馗」や「八十神」の武彦さんは、その間の取り方が大切って言っておられた。

ずいぶん前に、どなたの舞か忘れたけど、天の羽衣を返してもらったときに、パアアッて、ああうれしい!って面が明るく微笑んだような空気になったことがあったような無かったような……なんとなく、その空気感だけやたらと頭に残ってる。…妄想かなあ。

仕舞というのは、その演目の一番いいとこだけをお送りします、みたいなCMに入る直前みたいな、超短い謡と素面紋付き袴で舞う舞なんですけれど、これって、能のお稽古のなかでは敷居が低いというか…それだけをやっておられる方とか結構おられます。場繋ぎ的役割もあるし、それだけで発表会とかされることもあります。
でも、久しぶりに見て思ったのが、選りすぐった型のシーンの断片みたいなものだからこそ、多分、蔑ろにしてはいけないものなのかなーって。

「神楽」と一緒とはいえないけど…一番シンプルな装束で舞うからこそ、型の美しさが見られるし、どれだけその型を習得しているかが傍目でわかってしまう。

仕舞で人を感動させる方は、能を舞われたときはもっとよりいっそう、人の心を揺り動かす方です。
観世さんの御宗家とか。


能楽では、膝を曲げて腰を落とす立ち居姿なのですが、歩いたときに中心軸がブレないので、どっしりと安定感あり美しいです。



あーねむくなってきた

狂言はおもしろかったー。
太郎冠者がおじいちゃまだと、おとぼけがいっそう味わい深いことが多いですね。
言葉の抑揚、所作、(見えなかったけど)表情、ひとつひとつがバランスよく組み合わさって、爆笑。


「小鍛冶」は、天ガンがまんま狐で、あー狐なんだなーって感じ。
たしか龍バージョンもあったような。

相槌ということばは、たたら、鋼からつくる日本刀を打つことから来ているんだったかな?

興味深いのは、当然のように神様が隣にいるというか、困ったから神力に頼むか…で本当に神様出てきちゃって助けてあげるねって。
その人徳ゆえだとしても、人と神との距離が近い。

あと、そんなこんなで打った刀?剣?は、お狐様が献上されるんだけど、天皇からの使いに敬意を払っている。
神様が、敬意を払っている。
天孫の子孫だから?

興味深い。

そんなこんな。


とりあえず寝てからまた書き足すかも